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玉越直人の社長夜話
「しつもん読書会」
2017年2月13日
先月、書店で開催された「しつもん読書会」に参加させていただいた。
正直「しつもん読書会」というものが、いかなるものか未知のまま会場に向かったが、とても不思議で面白い体験をさせていただき、開催者の方々にとても感謝している。

会の冒頭、主催者の「しつもん読書会ファシリテーター」の方から説明があり、、「しつもん読書会」が、世界350カ所、2500名の方が同時刻にこの会に参加していると聞き、驚くとともに、出版人として知らなかったことが恥ずかしかった。

ともかく、そんな次第なので、一参加者目線で会の様子をお伝えすることにする
(今回は未読バージョンだったが。既読の場合など、バリエーションが様々あるようだ)。

まず、「未読」の書籍(小説以外)を各自1冊持参した参加者は、ランダムに4人ずつ会場内のテーブルに座わらされる。そしてファシリテーターから、「しつもん読書会とは?」と「質問項目&回答記入シート」が配られ、「3つのルール」が説明される。@「どんな答えも正解」 A「相手のどんな答えも正解(いいね! で受けとめる) B「答えがないも正解」である。

次にシートの「質問」に移るが、質問項目は、
「本を読み終わったときに、どうなっていたいですか?」
「この本で著者が伝えたいことは何だと思いますか?」
「この本に質問を3つかけるとすれば何ですか?」
「なぜ、この本がここにあると思いますか?」
など8つ。

そしてスタート。
まず初対面同士、「名前と、どこから来たか」を伝えあい、自分の本を見せあった後、ファシリテーターから、自分が書店で購入し、まだ本文を読んでいない本について投げかけられる質問の答えを時計回りに順次発表させられ、それへのコメント(「いいね!」だけでもOK)も時計回りにまた発表する。
それを8回繰り返すわけだが、最後までくると、今度は用紙の裏側に書かれている先の8つの回答を書き込み、各自発表をする。

途中で感じたことは、「読書会」は多々あるが、それは「本の紹介、感想、意見」などで、結構力んで、立派なことを言わなくてはとなりがちで、ともかく身構えてしまう。小学校のとき大嫌いだった「読書感想文」のように……

まったくその日はじめて出会った未知の方々やファシリテーターの方と、机上にある1冊の本を肴に、それを選んだ自分との出会いを語り、質問と答えを通じて行う交流は、なにかを伝えねばならないという圧力がまったく抜けていて気楽、そして温かい気持ちになったひとときだった。
人様のまえで「カバーを付けず、電車内で本を読む」、あるいは、「書棚拝見をされる」ような体験にも思われるかもしれないが、そんな緊張感も極めて低い。
書店で偶然に出会った本にひらめき、そして買い求め、それがカバンに入っているときのあのワクワク感を他者とのコミュニケーションによって共有することができる自身の万能感に変わるマジック、これは現物を手にしながらの「しつもん読書会」の醍醐味であり、電子書籍にはない感覚ではないかと、私は思った。

また、出版人の端くれとしては、「本と読者の出会い方」「生活必需品としての本の位置づけ」を考える新しいキッカケになると確信した。
たった1回の参加経験で、偉そうなことは言えないものなのですが……。

ちなみに、当日私が持参したのは、『住友銀行秘史』(國重惇史著/講談社刊)。
初版から、評価が高く、周囲に読んでいる方も多かったにもかかわらず、耳年増で、逆に未読だった。
予想以上に面白い反応を得ることができ快著であると評価された。、一方、ほかのメンバーの持参した本もどれも魅力的だった。『住友』はその後すぐに読み始め、その読後感は、イトマン事件などの歴史的事件への「タイムスリップ」を体験でき、その当時の自分に出会えたことがうれしかった。
本との出会いは、最高! なのである。

玉越 直人
チーバくん、10歳に
2017年1月24日
千葉市にある千葉県立中央博物館で開催中の「まるごとチーバくん展〜ありがとう、10周年」を見た。
千葉県の県キャラ、チーバくんの作者である坂崎千春さんは、JR SUICAのペンギンキャラクターの作者であまりにも有名なイラストレーターさん。
小社では、長いおつきあいの中で、『ペンギンのおかいもの』『ペンギンのゆうえんち』をはじめとする絵本、そしてエッセイの『片想いさん』などたくさんの出版物を手がけさせていただいており、とても光栄である。

愛くるしく、真っ赤なチーバくんは、2010年開催の千葉国体のマスコットとして2007年に誕生し、それから千葉県のキャラクターとなった。
千葉県の地形を、「形が動物みたい」と見事にデザイン化した、千葉県市川市出身の坂崎さんの発想力・想像力はさすがとしか言いようがない。
この10年間、子どもから大人まで、多くの千葉県民に親しまれ、県外の方には、千葉県の魅力を伝える、とても大きなシンボルになっている。

初日のオープリニングセレモニーには元俳優の森田健作千葉県知事も来場し、坂崎さんとチーバ君とでくす玉わりをしたという。
そのあと開催された坂崎さんトークイベントでは、チーバくんの制作秘話をスクリーンで説明しながらお披露目されたそうだ。
来場のみなさんは、坂崎さんのイラスト入りのサイン本も購入でき、「これは宝もの」と、ごきげんで帰られた方も多かったという。

さて、その展示だが仕掛けが多々あり、とても面白いものだったが、私のイチオシは「チーバくんが生まれるまで」。
千葉県の不思議な地形を、かわいい動物の姿に変えていくスケッチの流れがわかる痕跡を公開していた。そして目の位置、鼻の位置、舌の位置の変化、色彩のバリエーションなど、坂崎さんの制作過程を目で見ることができたことはとても興味深いことだった。
完成したチーバくんは、鼻先が野田市、飛び出た舌は浦安市に当たるそうだが、このメイキング展示はご当人による提案と博物館の方から聞きあらためて坂崎さんのサービス精神の旺盛さに感心してしまった。

「千葉の人は地元の魅力をPRするのがとても下手」とよく言われる千葉県民のはしくれの私。
坂崎さんのこの功績に感謝するとともに、千葉県民だという博物館職員の方と「なにか、千葉の魅力を全国に知ってもらう、いい本を作れないものだろうか」などと語り合い、「ではまた相談に」と、緑豊かな広大な公園の中に建つ博物館を後にした。
なにか、地元にちょっとした郷愁を感じた日曜だった。
坂崎千春さん、ありがとうございます。

玉越 直人
WAVE出版は何を売っているのか
2017年1月5日
新年あけましておめでとうございます。
旧年中は本当にありがとうございました。
みなさまのご多幸を祈念いたしますと共に、本年も変わらぬご厚情をよろしくお願い申しあげます。

さて正月、私は、この1年の方針を整理していたが、暮れにお目にかかった明屋書店・小島社長の「自分たちは何を売っているのか?」という言葉が胸に刺さり、「WAVE出版は何を売っているのか?」と反芻、自問する年末年始となりました。
もちろん「出版社は本を売っております」なのだが、われわれ出版社がつくって、読者に届けているものは、本だけではない「何か」であるにちがいない。

弊社の創業の理念は、「1冊の本には、読者の人生を変える力がある」である。
「本という品物」には、未知なる読者の人生の力になりたいという思いが込められており、それを実現するための「出会い」の演出にかけるエネルギーこそ、目に見えない出版社の大いなる「商品」なのだと私は思う。
事実、出版人は常にその思いあふれる「精神」を大切に守ってきたからこそ、現在があり、壮大な出版文化史が続いているのである。

一人でも多くの読者の方々に、1冊の良き本と出会っていただきたいと、日々切磋琢磨することこそ、小さな存在であるWAVE出版の存在意義であり、「売り」であると信じている。

読みたい、書きたい、編みたい、届けたい。
どうすれば、一隅を照らすことができるのだろうか。
友に救われるように、本が手にとってくれた方の助けになるような出版活動を地道に続けていきたい。

今年30周年を迎えるWAVE出版代表者の切なる想いである。

玉越 直人
出版社を支えてくださる力
2016年12月27日
出版社を支えてくださる力

私は、慌ただしい毎日のなかで1年を回想する、この「師走」が好きだ。
今年は、公私ともに、嬉しい思い出、素晴らしい出会いと共に、予期せぬ出来事、辛い別れも多々あった。
まるで人生の縮図のような1年であった。

思い返せば2016年の初春、私は「出版業界は一寸先が見えない」「イノベーションの嵐がやってくる」という危機感の中で、気構えて新年のスタートを切った。そしてその予想通り、いや想像以上に、小社は厳しい試練を受けた1年だった。

その嵐の中で、「小さな存在」であるWAVE出版は、社の存在意義を自問し、いかに新しい著者を発掘し、いかなる本を出版し、今を生きる読者の方々の期待に応えるべきかを模索する日々だった。

今年最後の「社長夜話」では、そんな怒涛のような1年の終わりに届いた、大学4年生の女性読者から頂いた、嬉しいメールの一部を、そんな厳しい時代を生きる出版社を支えてくださる力として、以下に紹介させていただくことにする。

「『WAVE出版のめざすもの』という記事の中に出版界の『活字離れ』という一文を拝見いたしました。
22歳学生である私にとって『本』は、デジタル文書とは違い、それを手に取る喜びとページをめくっていくそのものに楽しさを感じております。

現代は、SNSの発達によりその誰もが発信者であり受信者です。ビジネスモデルも生き方も『それぞれの自由』の表現スタイルが、その人それぞれの日々の生活・喜び・幸せになっていくと、感じております。

それは、肩書き・年齢・性別問わず『本人』が『そうだと』意識を変えた瞬間からその創造が始まると思っております。私はそれを、『本当に自分で創造し、現実に実現できるか?』を試したく、その一つの創造方法として、自身の『出版』も一つの理想としております。

そんな気持ちをぜひ、伝えたくこのメールを送信させていただきます。
これからもたくさんの新刊の出版を楽しみにしております。」


***********************************
みなさまには、この不定期で稚拙なコラムにお付き合いいただき、本当に感謝申しあげます。
どうか年末年始、心身共にお健やかにお過ごしになられますよう、心よりお祈り申しあげます。  

            
玉越直人
『あひる』
2016年12月7日
週末、先の芥川賞候補となった今村夏子氏の短編『あひる』を読んだ。
本候補作は、私が尊敬する編集者の田島安江社長が営む福岡の出版社「書肆侃侃房」さんの文学ムック「たべるのがおそいVOL2」から生まれた。
候補になったという情報が入ったとき、「侃侃房」さんの作品であることももちろんだが、地方出版社の作品が候補になることは数少ないことから、私はわがことのように嬉しかった。

惜しくも受賞は逃したものの、同作で家族や近所の子どもたちとの何気ない日常の中に潜む感情を澄んだ文章で綴りながら、行間に不思議な「不穏さ」を漂わせた「今村ワールド」に、私は引き込まれた。

『あひる』は、父親の元同僚が転居のために飼えなくなった、あひるの「のりたま」が、主人公の家に来た日から始まる。
それからの自分、両親、「のりたま」を学校帰りに見にくる子どもたちなどの心に起きた変化、死別などを通して、日常というものの幸せと危うさが巧みに描かれている。

私は、この秀作を読むうちに、「遠い記憶」が鮮明に浮かんできた。
結婚して間もない、まだ子どものいないサラリーマン編集者時代の出来事である。

ある秋の晩、妻と行きつけの新宿ゴールデン街の店で呑んだ帰り、彼女がふと交番の前で立ち止まった。かすかな鳴き声が聞こえるという。
耳を澄ますと、どうやらそれは交番の向かいにあるゴミ捨ての方からだった。
音に近づき、恐る恐る黒いビニール袋を開くと、半死状態の、生後間もないであろう赤ちゃん猫が2匹寄り添っている。
慌てて交番の警官に事情を告げ、すぐに獣医さんにと思ったが、さすがの新宿も、もう獣医院が開いている時間ではなかった。
急いで家に連れ帰り、すぐにミルクを飲ませようと思ったが、衰弱していて自力では飲めない。
はっと思いついて、部屋にあった小さなスポイトを使って口に当ててみたら、少しだけ呑んでくれた。
私たちは心底ほっとし、汚れきった身体を丁寧に拭いて、毛布の上に横たえた。

時計を見たら、午前1時。
明日は一番で獣医さんに連れていこうと話して、毛布の隣に布団を敷いて横になったものの、二人とも目が冴えてしまい、なかなか寝つけない。
結局、子猫たちの様子を見ながらウトウトしただけで、朝を迎え、近所の獣医院に急いだ。

「発見がもう少し遅かったら、2匹ともダメだったと思いますよ」と獣医さんに言われ、生きたままゴミ袋に入れて捨てた人間を心の底から呪ったが、目の前のチビちゃんは、薬が効いたのか、おとなしく眠っている。
これが「クロ」「と「シロ」と名付けた、黒猫と白猫の兄弟がわが家の一員となった日であった。

仕事漬けで、毎日終電帰りのような私の帰宅時間が早くなったのは言うまでもない。
そして、数か月経った頃、帰宅したら、玄関で2匹が待っていたのには本当に驚いた。
私も妻も、帰宅して2匹の顔を見るのが日課となり、休日ともなると、近くの公園に連れてゆき、犬も大好きな私は、リードをつけて子犬のように散歩させ、妻の失笑を買った。
本当に幸せな毎日だった。

だが、そんな日々は長く続かなかった。
「シロ」が急死し、その最期の姿を見てしまった「クロ」は、その日からすっかり元気がなくなってしまって、見るのも辛い状態になった。
私たちは、この家にいてはクロはかわいそうだと考え、悩んだ末に、猫をたくさん飼っている友人に引き取ってもらうことに決めた。
そして、数日経った小雨が降る日曜の午後、クロは、シロと競うように付けた柱の小さな爪痕を残して、わが家を去った。

『あひる』の文中で、衰弱した「のりたま」が父親に連れられて病院に向かうシーンが私の記憶にかぶる。
きっと、私のように、この作品を読んで、遠い記憶を呼び起こされた方も多いのではないかと思う。
本当に感慨深い作品である。

玉越 直人
広島カープ
2016年11月2日
日本シリーズが終わった。
毎試合がハラハラドキドキ、波乱のドラマは、あっけない幕切れとなったが、1戦1戦、かつてないほど見ごたえのあるシリーズだったと思う。
そんなにプロ野球通とはいえない私は、今年の日本シリーズで、日本一争いよりも、野球という団体スポーツ特有の「チーム力」「リーダー力」の重要性や素晴らしさを堪能した。両軍の選手、監督たちに「ありがとう」と言いたい気持ちで一杯である。

「巨人、大鵬、卵焼き」時代の少年だった私は、熱烈な巨人ファンだった父の影響もあり、スター選手が多い、ともかく強い巨人が大好きだった。
しかし、大学あたりからは、持ち前の「アンチ」精神が花を開き、父には悪かったが、「アンチ巨人」となり、弱小「国鉄ファン」から、そのまま「ヤクルトファン」に移行した。
ヤクルトは今も好きだが、毎年8月6日前後に広島を訪れるようになってからは、広島という地に、そして「カープ」という球団に強く惹きつけられている自分がいた。

小社刊『瓦礫の果てに紅い花』(長谷川智恵子著)の主役である「ひろしま美術館」は、被爆者たちの心に希望の花を咲かせようと願いから、広島銀行の井藤勲雄頭取が創設した素晴らしい西洋美術館である。その美術館のすぐそばに建っていた「旧広島市民球場」は、打ちひしがれた市民に歓喜をという、原爆からの復興の大きな象徴であった。
そんな球場の前を通るたびに私は、「熱いもの」が胸にこみ上げてきてやまなかった。
時代もオーナーも変わっても、市民による市民のための球団、それが「カープ」なのだ。

「カープ」の「鯉」は、原爆で焼け崩れた広島城が「鯉城」とも呼ばれていたことから名づけられたそうだ。そして当初は球団旗の色「紺」だったというヘルメットの色を、75年にメジャーリーグ出身でカープの監督となった「ジョー・ルーツ氏」が「燃える闘魂」にふさわしい赤に変えたと、大の赤ヘルファンの友人から昔聞いたことがある。

その「赤ヘル」を率い、リーグ優勝を果たした緒方監督。
25年ぶりに市民たちの悲願を果たした監督の、真摯な、そして遠くを見るような視線から感じられる強い信念は、選手たちと市民たちの心を見事にひとつに繋いだといえるだろう。
日本一を逃したとはいえ、たくさんの希望と勇気をいただいた緒方監督、コーチ、広島カープの選手たち、市民のみなさまに、新米ファンながら、心から感謝の拍手を送りたい。

一方、初めての日本一を手にした日ハムの栗山監督が優勝インタビューで語った、謙虚な言葉が胸に沁みた。
「勝った実感がなくて……。野球の難しさばかりが心に残ったシーズン。私も選手たちも勉強になりました」と。
現役時代は目立つ選手ではなかった栗山監督だが、さすが知将。選手たちの力を讃えながら、あらゆる角度からきめ細かい采配を振るい、総力戦で最後の勝者となったリーダーの姿に、私たちこそ学ばせていただくことが多かった。

野球って難しくて面白い……。

玉越 直人
愛と死の輪舞(ロンド)
2016年10月6日
宝塚歌劇団を創立した異才、阪急・東宝グループ創始者、小林一三の生涯を描いた『ドリーマー 阪急・宝塚を創り、日本に夢の花を咲かせた男』(宮徹著)を企画から手がけ、また、元宝塚男役スターの真織由季氏著『勝負の日に「最高の私」になる30日間レッスン』を小社から出版していただいた身ながら、宝塚の舞台を一度も見たことがなかった私。

だが、たまたま親しい編集者Hさんが宝塚ファンだった幸運から、なかなか取れないチケットが手に入り、わが人生初の宝塚観劇が先日実現した。
演目は「エリザベート 愛と死の輪舞(ロンド)」。
ミュージカルでも有名な、自分らしく生きることを決して諦めなかった、実在の美女、オーストリア帝国皇后「エリザベート」の悲恋の物語である。
宙組男役スター、朝夏まさとが、生死をさまようエリザベートを愛してしまった黄泉の国の帝王トートを主演。エリザベート役には実咲凛音、妻を取るか母を取るかと迫られ苦しむ皇帝、フランツ・ヨーゼフ役を真風涼帆が演じた。

終演後、来場されていたHさんが声をかけてくださった。
「玉越さんが、この世界を初めてご覧になって、どう思われたか、興味津々」「途中で帰ってしまう男性もいるので……」と。
私は、眼の前で繰り広げられる、まさに華麗なる「輪舞」に魅了され、時間すら忘れていたと話すと、「そうですか。それはよかったです。宝塚は、超ファンタジーの世界なので、あまりにも現実離れした歌劇に拒否反応を示す男性もいるんです」と。

「ありえない美しさ」への憧憬こそ、私は人間の本質そのものだと思うタチなので、拒否どころか、初めての宝塚の世界にすっと入ることができ、心から感動できたのだろう。

にしても、「女性が男性を演ずるために」メイクアップした「男役」というのは、性を超越した、まさに女性が男性に求める「究極の理想像」のように思えて、身震いする。

複雑な後ろ髪を引かれる思いを抱きながら劇場を後にした、不思議な夕べだった。

玉越 直人
童話の世界
2016年9月14日
「夏休み」、この言葉は齢を重ねた今でも、心に静かな興奮を呼ぶ。
中学時代の夏休みは、悪友たちと海辺で1週間もテントを張り寝泊りしてジャレていたが、高校に入ってからは、一人旅にはまり、山に向かうことが多くなった。
なかでも「信州」という地名に惹かれ、未知なる国のように思えた私は、バイトで金ができれば、「信州」を目指して「あずさ」に飛び乗った。

大学時代、そして社会人となってからも毎年夏には必ず信州を旅していたが、さすがに社を起こしてからは、なかなか時間に余裕がなく、徐々に足が遠のいてしまった。
今では、「そば畑仲間」と、種まきと収穫の時期に2度長野県東御市を訪れるときに眺める山並みと千曲川が、「わが信州」になってしまった感がある。

だが、今年の夏は違った。
土日を使って、かつて一度だけ訪れたことのある信州の果て、新潟県境に近い野尻湖を見下ろす黒姫高原に向かった。
黒姫在住の作家、C・W・ニコル氏によって全国的にも有名になった地への30年ほどぶりの再訪だったが、旅の大きな愉しみだった「黒姫童話館」は、森と草原に囲まれた豊かな自然環境の中にあり、眺望がすばらしい童話館は、1991年オープンの信濃町立文学館である。

『モモ』や『はてしない物語』で日本中にファンが多いドイツ人作家ミヒャエル・エンデ氏の2000点超の本人寄贈作品、絵、資料などが世界で唯一常設展示されており、エンデ好きの私には、最高に贅沢な世界。エンデ氏来館時の写真や言葉に感激した。
また、松谷みよ子氏の常設展示室も、そこにいるだけで楽しくなってくる、時間を忘れる部屋だった。

そして館内には、日本の民話や長野県にまつわる昔話、世界各国の代表的な童話もたくさん展示され、家族連れの方も、それぞれが自分流に楽しめるように工夫されていて、子どもから、おじいちゃん(私のこと)まで、子どもの頃に戻ったように顔がほころんでいた。

さらに、館内のカフェ「時間どろぼう」でコーヒーを呑み、テラスから森に入ると、そこには、野尻湖畔のアトリエとして使っていたという、いわさきちひろ氏の「黒姫山荘」が移築されており、仕事部屋が当時のまま保存されている。

気がつけば私は、床に置かれたマットに寝転がり、大好きなリサやムーミンのぬいぐるみに囲まれながら、本を読んだり、「アルプスの少女」のような気分で草原を行ったり来たりしながら、半日を過ごしていた。
冬場の12月1日から翌4月4日までは冬期休館になるが、「黒姫高原」「野尻湖」方面に旅された際は、ぜひ「黒姫童話館」に寄られることをお奨めしたい。

玉越 直人
いい会社をつくろう!
2016年8月17日
いい会社をつくろう!













法政大学大学院の坂本光司先生が提唱される「人を大切にし、社会から大切にされる、いい会社になろう」運動の波は、静かに、そして確実に日本中に広がっている。
その使命感から、毎日のように、日本中の中小企業を視察・研究する旅を続けておられる坂本先生の大きな背中を見るたびに、私は思わず手を合わせたくなる。

そんな「少しでも先生のお役に立ちたい」との思いも込め、小社は、坂本先生が絶賛される「いい会社」の実像を取りあげた本を多数出版させていただいているが、社長のはしくれである私はずっと「では、どうしたら、いい会社をつくれるのか」を具体的に記した本を出版したいと考えてきた。正直に言えば、それは自分のためでもあったが……。
その願いが叶い、8月5日発売の新刊『「いい会社」のつくり方』(藤井正隆著、坂本光司監修)が誕生した。
著者、監修者は「人を大切にする経営学会」の事務局次長、会長の名チームで、「いい会社つくり」の最高の師匠である。

そんな私が、本のカバー折り返しに入れたのが「いい会社の情報は何社も読んだが、肝心の“どうつくればいいか”がわからない……。そう訴える経営者やビジネスパースンのため、理論に実践的研究を積み上げた10の具体的方法を丁寧に説明する」という一文。
さらに帯には「あなたの会社もきっと変われる」というコピーも。
鼻息が荒くて恐縮だが、お話したように、私自身も読者対象なので、ご寛容願いたい。

日本には、170万社もの会社、社長が存在するが、社歴、業種、規模、売上高などを問わず、社長が目指す理念の核となるのは、社員、その家族、仕事先、もちろんお客さま、そしてすべての方々から「あの会社はいい会社」だと言われることだろうと私は思う。

しかし、これもまた例外なく、「企業は、理念と経営の両輪のもとに立つ」ものなので、その両立、キープは、社業のいかんを問わず至難の業であろう。
もちろん私もご多聞に漏れずで、「鉄砲玉」と言われたサラリーマン編集者時代とはまるで異なる、社長ならではの試練の日々が続いている。

そんな私のような非力な社長でも、この本を読めば「自分の会社を少しでもいい会社に変えることができる」ことを念頭に置いて編集したものなので、全国津々浦々の社長さまのお役に立てることを強く念じている。

本書には、坂本光司先生と、慶應義塾大学名誉教授の嶋口充輝先生の「スペシャル対談」が収録されている。
サントリー、ライオンなど超優良企業の社外取締役を歴任する高名な企業研究の専門家である嶋口先生と、日本一の中小企業研究家である坂本先生が、対談テーマである「いい会社とは何か?」「あの会社は本当にいい会社か?」をめぐり、有名企業名も挙げながら丁々発止と談論が交わされていて、非常に面白い。
対談の場にいた私は、密かに「WAVE出版はいい会社か?」と自問していたが、「切磋琢磨すれば、きっといい会社になれる」と意識が変わるほど、多くの示唆に富んだお話だった。
世の社長さま、どうかご一読を。

玉越 直人
書店人からの手紙
2016年7月27日
先月、都内で行われた著者の宮本佳実氏と私の、書籍出版に関わる対談イベントにご参加いただいた書店員の女性Sさんから、ご丁重なお礼のお手紙をいただいた。
かわいい手書き文字で綴られたお手紙は、とても心のこもったもので、私の心に深く残った。

私は、その対談のなかでまず「1冊の本には読者の人生を変える力があるだけでなく、1冊の著作には著者の人生も変える力がある」とお話させていただいた。
いうまでもなく、どんな著名作家でも、最初は無名。処女作が生まれるまでの苦難の道は今も昔も厳しく、それを突破した後に、想像もしなかった未知なる世界が生まれる作家も多いからだ。
小社のように「新人発掘にこだわる」出版社の喜びもまさにそこにあり、この29年間、まったく無名だった方が、小社からのデビュー作でどんどん世に出ていかれる姿をたくさん拝見してきた。
対談相手の宮本氏も、まさにその一人である。

さらに「本というものは、著者の内なる言葉の集積であり、大切な人に送る手紙のようなもの」と私は喩えた。
そう、手紙は、受け取る相手の心に自分の気持ちがしっかりと伝わるように、何度も何度も書き直し、投函する。そして、その気持ちを受けとめてくれた相手からの返信が届いたときの喜びといったら……。
もちろん、そこに書かれているのは、パソコン文字ではなく、手書き文字だと思うが……。

そんな本という世界をこよなく愛する書店人のSさんは、お手紙のなかで、デジタル化が急速に進む出版業界における紙の本の重要性についてこう書かれている。
(ご本人のOKをいただき、以下引用させていただきます)。

「昔、写真が開発された時に、絵画は必要なくなると言われました。写真が開発される前の絵画は写実的なものや記録を残すため、情報を伝えるために描かれたものが多かったけれど、写真ができてからは、そういう役割は写真に移行して、現実にあるものを描くだけでなく、自分の表現方法としての絵画が確立されてきましたよね。それと同じで、情報だけならデジタルで充分。紙の本ならではの3次元にある素敵な物としての存在や、忙しくてページをめくることができない時も、その本が部屋にあるだけでうれしくなるような魅力を放つ内容をもった本というものがすごく求められる気がします」と。

また、「書店で働いていて喜びを感じること」を、「毎朝の開荷作業をしていて、箱の中から素敵な本が出てきたとき、すごく嬉しいレゼントをもらったような幸福な気持ちになります。お店の商品であって、私の持ち物ではないのはわかっているのですけれど、素敵な本との出会いが、とにかく嬉しいのです」とも。

長年「書店を開くことが夢」の私には、Sさんから「書店で働くということ」の原点を教えていただいた気がして、とても感謝している。

出版社も書店も「著者と読者の出会いを演出する黒子の仕事であり、立ち位置は違っても、志同じ仲間である」と私は常に思っている。
だからこそ、書店で働く方々と出版社は、もっともっと心をつなげていきたい。出会いの演出家同士として……。


玉越 直人
『子どもたちを戦場に送らない勇気』
2016年7月6日
『子どもたちを戦場に送らない勇気』













いよいよ、国政を左右する参議院選挙が迫ってきた。
自民党は、与党連合で、憲法改正のための議席数、3分の2獲得を目指し、舛添知事も辞任させ、必勝の選挙戦に臨んでいる。
一方「安倍政権の暴走を止める」と叫ぶ民進党、共産党など野党側の力は明らかに弱く、怖ろしいことだが、自民党の大勝となる可能性が高いといわれる。

WAVE出版は、そのきなくさい風を止める一助として、投票日に向けて、自民党憲法改正草案のワナを暴く『子どもたちを戦場に送らない勇気』を7月1日緊急出版した。
著者の武田文彦氏は、慶応大学法学部を卒業後、中央官庁への情報提供サービス会社を創立。「究極的民主主義研究所」設立後、「リンカーン・クラブ」を併設。政治学者、政界の重鎮らを招き、民主主義の研究を重ね、言論活動を続けてきた「民主主義研究家」である。

アメリカ大統領リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政治」を理念として掲げたが、武田氏は、日本は本当に民主主義が実現しているのかという強い問題意識から、40年以上、このテーマに取り組んでこられた。
「リンカーン・クラブ」は、高校生や大学生も含む若い世代も参加し、民主主義を共に考え、実現に向ける活動をしている。

武田氏は、つい先日亡くなったベストセラー『第三の波』で高名な未来学者アルビン・トフラー氏とも対談し、「間接民主主義をミックスした半直接民主主義が必要」と説くトフラー氏に対し、究極的民主主義の構想を語っている。

トフラーは、「第一の波は農業革命、第二の波は産業革命、第三の波は脱産業社会」とし、これを掲げた1980年当事、まるで未来が見えるかのように、「情報化社会の出現と怖れ」を予言していた。驚くべき慧眼である。
WAVE出版の「WAVE」が、この我が尊敬するトフラーの著作『THE THIRD WAVE』からの命名であることはすでに書いた。
創業時、34歳の頃、私は出版で社会に波を起こそうとしていたのだった……。

話が逸れたが、武田氏は現代日本を俯瞰するとともに、歴史的に辿り、@明治維新、A敗戦、B民主主義危機の今、暴走する安倍政権から自由と平和を守るための無血革命「第3次」民主革命が求められていると説く。
そして、その切り札として、「課題別国民投票制」を実現し、本当の民主主義の国を作れば、「若者たち」に希望の未来が生まれるという(英国の「EU離脱国民投票制」も同様のものである)。

日本を、戦争ができる国、基本的人権が踏みにじられる国、言論弾圧・逮捕投獄も思いのままの国にしてはならない。
18歳、19歳の若者の投票行動に期待したい。

玉越 直人
政界の闇
2016年6月22日
政界の闇都知事職にしがみつく舛添氏に急転直下辞任を迫った政界の舞台裏は暗い。
だが、憲法改正に走る安倍政権の闇は、比べようもないほど深い。

安倍氏がこれほどまでに独裁を強めていること、その暴走を誰も阻めない背景には何があるのか。多くの国民の最大の関心事が「藪の中」のまま、参議院選挙戦が始まる。

そんななか、そのナゾ解きの核のひとつとして巷間騒がれているのが「日本会議」の存在。
安倍首相が特別顧問を務め、衆参議員約290人が所属する「日本会議」は、かつて長崎大学で全共闘に対抗する勢力のリーダーだった椛島有三氏が事務総長を務める、改憲、教育基本法改正、国旗国歌法の制定を求め、夫婦別姓、外国人参政権などには断固反対の姿勢を貫く民間保守団体である。

朝日新聞は、この6月17日から3回にわたる「日本会議研究 家族編」で、『「親学」にじむ憲法観』を特集している。
「親学」とは、「親になるための学習」のことで、その記事に登場する、日本会議の政策委員である高橋史郎明星大学特別教授は、個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた「憲法24条」はGHQの押し付けであり、家族制度などの固定観念と偏見に基づいているとして、なんとしてでも改正すべきと公言している。基本的人権を脅かすような、その主張に、私は大きな不安を覚える。

実質的には、安倍政権の「戦争をする国にするための憲法改正」を信任するか否かの選挙ともなりうる投票日が7月10日に迫っている。
いつの日か戦場に送られるかもしれない、18歳以上の若者は、どの党に、誰に投票するのだろうか。
「今の若者たちが自身を語るときの共通点は、自分の基点は3.11にあるという言葉だ」と上野千鶴子氏はいう。
それは、私たちの基点が1945年8月の「この世の終わり」の光景にあることと相通じるものだろう。

元々、安倍首相は「改憲」ではなく「反憲」。つまり、決して過ちは繰り返さないと誓った、この日本の平和憲法を、国の憲法として認めていないのだと私は思う。鳥肌が立つ「きな臭さ」だ。
「民主主義は道具に過ぎず、それも不具合な道具である」と上野氏は語る。
自由と平和を守るために、私たちは新たな民主主義の手法を見出さねばならないのではないだろうか?
そんな思いを込めて、去年8月、国会前集会に参加しながら、安保法案阻止に向けて出版した『日本を戦争する国にしてはいけない』(小西洋之著)に続き、『子どもたちを戦場に送らない勇気』(武田文彦著)を、選挙前の7月4日に緊急出版する。
子どもたち、若者たちの明るい未来のために立ち上がる勇気が、今こそ私たちに求められている。


玉越 直人
広島と沖縄
2016年6月1日
先日、現職大統領として初めて広島を訪問したオバマ大統領の沈痛な姿を報道で見ながら、思いは複雑だった。
原爆を投下した国の大統領が被爆地を訪問する日がこんなに早く来るとは正直思っていなかったからだ。
大統領就任当時から強く広島訪問を望んでいたという、人権派弁護士だったオバマ氏だが、国内世論はもとより、日本の太平洋戦争「加害者論」を基に米中関係の強化を謀る中国政府などなど、様々な政治的配慮が高い障壁になっているのが色濃くみえていたからだ。

だが、来日したオバマ氏は、原爆資料館を見た後、原爆死没者慰霊碑に献花した後の17分間にも及ぶ演説では「たったひとつの人類の一員」として、広島、長崎を「道徳心の目覚めの始まり」と語り、「核なき世界」への勇気を示した。
私は、その言葉をその慰霊碑に彫られた「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しません」の言葉と重ねて心に刻みたい。

一方、「最悪のタイミング」と米司令官が語った「米軍属の男による女性殺害・遺体遺棄事件」が起き、全島が怒りと悲しみに包まれる沖縄。
オバマ氏は、伊勢志摩から沖縄に向けて、心からのお悔やみと深い遺憾の意を示したが、肝心の基地問題には触れなかった。
かつての琉球王国である美しい島国、沖縄の住民4人に1人が死に、その地獄を生き残った沖縄県民は、その後も不条理極まりない占領の苦しみを耐え、悲願の本土復帰をしたものの、沖縄はいまも変わらず、本土の「踏み台」である。
その沖縄の方々は、広島でのオバマ氏の姿と発言を、どんなお気持ちでご覧になられたことだろう。

沖縄を現職時に訪問した米国大統領は、占領下、1960年のアイゼンハワー氏、2000年、本土復帰後初めて、沖縄サミットのために訪沖したビル・クリントン氏の2人だけ。
クリントン氏は沖縄戦にふれ、「沖縄最大の悲劇は、住民に降りかかった」と述べているが、やはり基地問題は不問だった。
今回も、翁長沖縄県知事がオバマ氏と話す機会を政府に求めたが、あえなく却下。
現職米国大統領が沖縄を訪問、沖縄県知事と会談し、沖縄戦体験者の方と話し、「ひめゆりの塔」「摩文仁の丘」を訪れ、「戦争なき世界への決意」を示す日は、いつやってくるのだろう。

広島、長崎、そして広島。原爆、地上戦……。戦争が、多くの罪もなき人々の命を奪い、今なお悲しみと苦しみが続く街が日本には現存する。
過ちを認めること→謝ること→許すこと→二度と繰り返さないこと。
「たったひとつの人類」だから、この「→」の叡智が人類の未来を決める。
オバマ氏の広島訪問が、真に「道徳心の目覚めの始まり」になることを願う。

玉越 直人
書店再生ドラマ
2016年5月6日
4月23日に発売したばかりの小社新刊『崖っぷち社員たちの逆襲』が好評である。
著者の小島俊一氏は、愛媛県松山市に本拠を置く「明屋(はるや)書店」の社長である。
取次大手のトーハンで九州支社長を務められた後、3年前に、チェーン84店を擁する明屋書店の社長に就任。厳しい経営環境にあった同社を、短期間で見事にX字回復された辣腕経営者である。
週刊ダイヤモンドの「地方『元気』企業ランキング全国第1位」に見事輝いたのも、その功績が高く評価されたからであろう。

その小島社長に「厳しい状況に置かれている書店再生のための知識と戦略を綴っていただきたい」と熱望したのは私だが、それから約1年。超ご多忙な日々のなか、寸暇を惜しんでご執筆いただいた労作が本書である。
内容は「崖っぷちの危機状況にある地方書店で働く本を愛する6人の書店員と経営陣が、逆境に立ち向かい、見事再生を果たしたドラマ」である。
小社と小島氏が目指したのは、書籍作りの王道である「誰もが面白く読めて、タメになる本」。
だが、言うは易くで、著者には大変なご苦労をおかけしてしまったが、狙いはほぼ達成できたと自負している。
すいすい読める小説仕立てながら、読み終えたときには@書店経営に不可欠な決算書の見方、Aマーケティングの基礎知識、Bコーチング・マインド、C社会人としての教養と知識が身につくはずだ。
本書が、書店・出版業界の方に限らず、広く小売業界で働く方々のお役に立てば幸いである。

本書刊行前、厳しい環境の中で日々頑張ってくださっている書店現場の方々の心と強くつながっている小社のベテラン営業部長が、ゲラを読んで涙した気持ちは痛いほどわかる。
嬉しかったのは、発売早々、本書を読んでくださった、滋賀のがんこ堂書店の田中社長さま、名古屋の三洋堂書店の加藤社長や、各地の有名書店主の方々から、「読んでいて、涙がとまらなかった」「この本はうちの社員全員に読ませる」「今年最高の本」と賛辞が続々届いていることだ。心より御礼申し上げたい。

いまテレビで『重版出来(じゅうはんしゅったい)』という、出版業界を描いたドラマが話題を呼んでいるが、本書は、取次さん、全国各地の書店員さんからの温かいご支持を得て、発売3日後に「重版」が「出来」た。

小島氏は常々「書店こそ、イノベーションの宝庫」「やるべきことがたくさんある、この業界の未来は明るい」と熱く語ってこられた。
本書が、出版不況を吹き飛ばす「書店現場からの風」を生む契機となれば望外の喜びである。

玉越 直人
熊本大地震
2016年4月21日
この度の大地震におきまして、みなさまに心よりお見舞い申し上げます。

熊本県を中心に、頻発して起きている地震の被害を受けている被災地の映像を見ながら、阪神淡路大震災、東日本大震災後に被災地入りした日の衝撃の光景が瞼に浮かんでくる。

神戸には、地震から数日後に入ることができたが、生まれて初めて震災直後に被災地を訪問した私には、都会を襲った大地震が、都市にどんな影響を与えるのかを目の当たりにして、「東京でこんな地震が起きたら」という恐怖で言葉も出なかった。

5年前、「3.11」から2か月後にうかがった、最も被害が大きかったという岩手県陸前高田市。
まだ瓦礫の撤去も進んでおらず、さまざまな臭いが漂う中で、懸命に行方不明者を捜索している自衛隊員などの方々、一面の瓦礫の中、自宅があった場所で立ちつくしておられる被害者の方の姿を前に、私は震えが止まらなかった。

そして今年3月、復旧の進んでいる陸前高田に5度目の訪問をした。ある被災者の方が「自然は恐ろしいものだが、人間を豊かにさせてくれるものである」とおっしゃっていた。その言葉の中にある、自然と共に生きてこられた方ならではの「叡智」と「覚悟」に驚嘆して帰京した。

だが、その日から1か月後の熊本では、その自然がまた多くの人命を奪っている。
心が定まらない。

熊本の書店さんに、社の営業部員と2人でうかがった日を思い出す。
地方の商店街は寂れてしまったところも多いが、熊本市の商店街はとても元気で、老舗書店さんや、大型チェーン書店さんなども活気にあふれ、営業活動がとても楽しくなる街だった。

その大好きな街、とりわけ懇意な書店さんから、店内の本が落下し、天井・壁に傷が入り、什器が倒れ、営業再開の予定も経たないという話をうかがうと、愕然とする。
水などの生活物資はすぐにお送りしたものの、車中泊されているという書店員さん一家のお話をお聞きすると、一日も早く警戒解除が宣言されることを祈るばかりだ。

私が感じたことなのだが、過去の巨大地震災害の時と違い、「被災中の方々の姿」、つまり、いつまた次の地震が起きるかわからない恐怖と不安の中で生きる人々の、生身の嘆きを見聞きしていることだ。
人間の力ではどうしようもない自然災害の只中で、一日一日を必死で生きる方々の姿を通して、私たちは何を学び、何をなすべきか?
新たな「叡智」が求められている。

玉越 直人
働くということ
2016年4月6日
働くということ市ヶ谷、靖国通りの満開の桜を社の会議室から眺めながら、新年度を迎えた。
ここ数年、出版業界に漂う不穏な動きが増すなか、来年の今頃、出版はどうなっているのかという不安や怖れもあるが、もとより小社は「いばらの道」ばかりを歩んできた逆境に強い出版社。
「平穏は似合わない。ピンチには強いはずだ。今こそ挑戦だ!」と自分を鼓舞しながら、新年度のスタートを切った。

社員全員が集まった新年度会議では、厳しい状況のなか、前向きにがんばってくれている社員たちと、社の理念、存在意義、それを支えるい勤労精神を、改めて共有したいという思いもあり、冒頭に、リコー・三愛グループの創業者であり、私が深く敬愛する故市村清社長の言葉を伝えた。
「三愛」の理念とは「人を愛し、職務を愛し、国を愛す」であるが、その三愛精神のリコーが倒産寸前に追い込まれたときに、以下、市村氏が語ったものである。

「一人でも昔日の私のような苦しみにうめいてはならない、すべての人間が人を愛し、国を愛し、勤めを愛す気持ちで生活できなければ、この会社のどこに救いがあるというのか」

この言葉は、戦後の厳しい経済環境の中で生まれたものであるが、乾いた現代社会においても通用する、すばらしい言葉だと私は思う。
勝手ながら、小社に置き換えさせていただければ、「すべての社員が社の本を愛し、読者を愛し、勤めを愛す気持ちで生活できなければ、WAVE出版のどこに救いがあるというのか」となろう。
市村氏のいわれた「あなたの会社の存在意義とは何か」という問いに、正面から答えられる社でいたい。

つい先週行われた「日本でいちばん大切にしたい会社」授賞式で、審査員特別賞に輝いた小社刊『働く幸せ』の著者、日本理化学工業の大山泰弘会長は「人間がこの世に生まれてきて一番嬉しいことは、人に喜ばれることです」という趣旨の話をされていた。

「働く幸せを、共に汗をかき働く障がい者社員たち、健常者社員たちの姿から学んだ」とい大山会長ならではの、真摯で温かいスピーチだった。

また、小社近刊『働く女性たちへ』の文中で、著者の佐々木常夫氏は以下のように書かれている。
「ちょっとがんばることが大切なのは、役員や部長といった組織のなかでリーダー層にいる女性だけではありません。おのおのの持ち場で、自分のことだけではなく、あとに続く女性のことを考えながら、ちょっとがんばっていけば、女性が置かれている環境を少しずつ変えていくことが可能になります。そして女性が活躍する社会が、男性を含めた社会を活力あるよりよいものに変えていくのです」

艱難辛苦を乗り越え、仕事も家族も守り切った「ビジネスマンの父」といわれる佐々木氏の言葉は格別に重く響く。まさに至言である。

こうした言葉に学ばせていただきながら、私は「働くということ」についてこう考える。
たとえ、どんな仕事をしていても、どの立場にいようとも、「一生懸命働くことは、それだけで必ずどこかで社会とつながり、ほんのわずかでも何か人のためになり、その人を喜ばせる」のだと。
そして、「人は働くことで、良き人生を送れる……」とも。

市村氏の「勤めを愛す」気持ちを胸に、私も社員も、出版という仕事を愛し、全力で、著者と読者の出会いに貢献したい。

玉越 直人
悲しみの記憶
2016年3月17日
2011年3月11日、金曜日、午後2時46分。
あの東日本大震災から5年目の日の同時刻、黙とうを捧げながら、私はこの5年間を回想していた。

遠い学生時代の憧憬、「北への旅」の思い出に浮かぶ美しき海辺の町、陸前高田市。
その地を、大震災から2か月後に訪ねたとき、まるで戦場のような廃墟、瓦礫の山のなかを、まるで何かを探すように彷徨した記憶。
それから毎年の訪問を経て、去年目にしたのは、土砂搬送用の巨大ベルトコンベアが宙を覆う「復興」の町。
そして現在は、既にコンベアの姿はなく、「盛り土の台地」がそびえ立つ旧市街地。海岸には巨大な防潮堤ができ、海風を遮断している。

「台地」には、街の方々が集う商店街と隣接する住宅街が建てられるという。
復興を願う被災地の方々のために、莫大な費用と時間をかけた前代未聞の計画が実行されようとしている。
だが、知己を得た方それぞれが抱く復興への異なる想いをうかがった身には、この巨大計画の成否はまるで読めない。

そして、福島。
原発避難エリアから近い町で黙々と暮らし続ける方々。故郷を追われ、自宅を残したまま、遠く離れて暮らす方々。
果てしない放射線の恐怖と共存しなくてはならない生活者と子どもたち。
そうした方々の苦悩を無視したかのように進む「原発再稼働」。
私が再稼働のニュースを聞くたび不安になるのは、「原発はもう大丈夫では」という心理が働き、3.11は自然災害と原発事故が重なった惨事であり、同様のことがまた起こりうるのだという危機感が国民の間で薄れることだ。

東北沿岸という自然環境も厳しい地域に住む何の罪もない人々から、かけがえのないものを奪い去った歴史的悲劇。
終わりのない、悲しみの毎日を生きる大人、子どもの心。
少しでもそばにと、幾度となくお訪ねしてきたが、被災者の方々のお話をただうかがい続けるだけで、私ごときには、お返しする励ましの言葉もみつからなかった。

悲しみに同じものなどなく、比べようもないが、せめて、私のなかにもある深い喪失の記憶を大切に抱き続けることが、震災被害者の方々の永遠の悲しみの記憶につながる一本の糸のように私は思える。

玉越 直人
『老後のお金』
2016年3月1日
『老後のお金』











私事で恐縮だが、つい先日、初めて「年金」が振り込まれた。
サラリーマン時代の企業年金だが、生まれて初めてもらった、何か「不労所得」のような感じ。
働きバチの身としては何とも不思議な収入だったが、「老後」をリアルに感じた瞬間でもあった。

その10年間のサラリーマン時代、「蓄える」「備える」「貯める」が辞書になかった私は、「宵越しの金はもたない主義」といえばカッコいいが、「どんぶり(ザル?)勘定」だった。
あげく、10年勤めた会社を辞めでWAVE出版を興したときの軍資金は「退職金」のみという有様。
この辺は、『WAVE出版漂流記 青春篇』に書いたが、要は、自慢じゃないが、「貯金がまるでなかった」のである。

さすがに妻は呆れ果てていたが、時はバブル真っ盛り。
「明日は明日の金が降る」などとバカを言っていた「預金より消費」の時代だったから、そんな連中が珍しくなかった。
因果応報、私も含め、シニアになったそんな男たちは、こぞって今そのツケで苦しんでいるのだが……。

そして、バブルは去り、デフレは長期化し、「明日の金が見えない」自衛の時代となった今、「どんぶり勘定男」だった私だからこそ、自戒を込めてお奨めするのが、小社刊『老後のお金』(林總著)。
現在9万部超で好評をいただいている『正しい家計管理』の「長期プラン編」になるのだが、帯コピーの「50代では、遅すぎる」が超リアル。

そう、50代でも家計管理ができていなかった私には、もうとっくに手遅れだからこそ、30代、40代の方々に一刻も早く読んでいただきたいと思うのだ。
ゼロ金利も始まり、年金どころか、国家財政すらアブナイ、何もかも怪しくなってきた日本の暗い未来……。
我が身を顧みずの老婆心ながら、この国で生きていくためには、今すぐ、老後までの長期的家計管理を始めることを勧めたい。

この本の親切なところは、そんな私のような家計オンチの者でも、きちんとした「長期プラン」が立てられるようなアドバイスが満載で、30年分の「書き込みシート」がついているという点。

そしてさらにいいのは、巷に溢れる「ともかく節約・預金」「老後資金は投資で」という夢も希望もないような本や主張ではなく、「自分や家族にとって本当に価値のあるお金の使い方」をやさしく指南する本なので、とても前向きな気持ちになれることだ。

「15年早く、この本と出会っていたら」と思う今日この頃である。


玉越 直人
あってはならないもの
2016年2月19日
朝、新聞を開く瞬間が好きだ。
この広い世界の中で生起する森羅万象がギュギュっと詰まった紙面を見ると、その世界の片隅で自分も生きているのだという、不思議な感慨が湧くのである。
そんな私は市井の出来事がまず知りたくて、新聞はいつも社会面から読み始める。
テレビドラマ「事件記者」を夢中で見て憧れ、新聞社の社会部記者になるのが夢だった少年時代から変わらない習慣であり、これがないと一日が始まらない(休刊日は辛い)。

だが最近は、新聞を開くとき、一抹の怖れを抱くことがある。
「これだけはないだろう」と信じてきたようなことが、ごく当たり前のように起きる日本社会を目の当たりにするからだ。
たとえば、小泉政権下で運営が認可された「教育特区」で「株式会社」が運営する「ウイッツ青山学園高校」問題。
まさか、子どもの教育の世界まで、拝金主義で汚染されるとは……。

その「生徒募集システム」のカラクリはこうだ。
「就学支援金」という家庭の教育費負担を軽減するためにできた、国が授業料を支援する制度があり、年収250万〜350万程度であれば、年間23万7600円が国から支給される。
ウイッツ青山学園の授業料は、その支給額とまったく同額の23万7600円。
その金を学校側がそっくり受け取り、生徒は1円も払う必要がないというシステムだ。

だが、実際は授業料以外に「学習支援料」という名目で年間40万ほどを追加で学校に払わなければならないのだが、「奨学金は40万円以上借りられので、お釣りがきます。手続きは代行します」と、学校側は何事もないように父兄に説明するという。
また、学校は三重県伊賀市にあるが、「学生さんには年に2回の写真を撮るだけの日帰りスクーリングさえ受けてもらえば、あとの363日はご自由に」と平然と謳っている。
教育理念のカケラもない発言だが、あきれたことに、学校側は「何もしないで卒業できる」を堂々とアピールしている。

「高校中退や不登校などで高校に通えないが、高校を卒業したいと願う生徒たちの気持ちを逆手にとって、何の教育も施さず、国のカネを横取りし、卒業証書だけを発行するという、まさに子ども相手の悪徳商法」である。
ちなみに、昨年度、学校側が受け取った支援金は1億5000万円を超えるという。
真面目に生徒たちに寄り添い、教育の場を与えている既存の「通信制高校」とはまったく異なるものだ。
小泉政権が安易に、教育理念のない株式会社が虚構の学校を作れるようにしてしまった「教育特区」が生んだ悪なのだ。

さすがに、昨年暮れに特捜部の捜査が入ったというが、はたして生徒たちは救われるのか。
こうした「ありえない」現実にわれわれはどう立ち向かうべきか。
黙視はできない。

玉越 直人
子どもたちの理不尽な死
2016年2月1日
1月19日、子どものいじめ問題解決を目指す「NPO法人ジェントルハートプロジェクト」(私が創立理事を務めている)が中心となり、国会議員たちにいじめ問題へ向き合ってもらうべく、参議院議員会館内集会「学校事件事故の重大事案における初動調査と情報共有の重要性について考える勉強会」を開催した。
この「重大事案」とは、いじめ、柔道、剣道、ラグビーなどの部活動における事故、教師による指導死などによる「学校生徒、つまり、子どもの不慮の死」を指す。
多数の国会議員の方々の応援を背に、講師たちの力強い発言が続き、テレビ・新聞などのマスコミであふれた勉強会は、非常に有意義であった。

そして閉会後、その足で重大事案遺族たちと近くにある文科省に向かい、「全国柔道事故被害者の会」「指導死の会」「剣太の会」「ラクビー事故勉強会」との連名で「重大事案発生時における初動対応に関する要望書」を馳文部科学大臣に手渡した。
要望内容は以下の3つである。
@ 重大事案発生後3日以内に、関係者全員を対象にアンケートを実施すること
A その結果を当事者や保護者と共有すること
B 「事故報告書」の作成と報告を義務づけ、当事者および保護者が知る情報や意見を併記すること

要望を急いだ背景には、年々増加する「子どものいじめ自殺」に歯止めをかけるべく成立した待望の「いじめ防止対策推進法」の施行から2年4か月経つが、この間、いじめ自殺は減るどころか増加の一途を辿っていることがある。

要望内容は、同様の悲劇を防ぐために絶対必要なことだが、こんな当然のことがなされていないのが、今の学校現場であり、それどころか、悪しき「隠ぺい」が潜む。

集会では、わが子を亡くした遺族が次々と壇上に上がったが、会場内の国会議員たちに向けて、「私たちのような地獄から這い上がった人間の声を聞いてほしい」「理不尽なことで、子どもの命が奪われない社会にしてほしい」と泣きながら訴えた。

講師の精神科医、香山リカ氏は「隠ぺいに巻きこまれた子どもたちの心は深く傷つき、生涯にわたる大きなトラウマが生まれ、精神疾患を引き起こす」ことを強調された。

続いて演壇に立った法政大学教授の尾木直樹氏は、軽井沢バス事故で「教え子」のゼミ生を4人亡くしたばかりで憔悴し切った表情を浮かべながら、「テレビの生放送はすべてキャンセルして、この大事なシンポに来ました。無垢の子どもや、未来ある学生たちが命を落とすような、この社会は狂っている」と涙ながらに語り、「みなさんのように理不尽なことで命を奪われた遺族の方々のためにさらに全力を尽くしたい」と心を込めて誓われた。

いじめ自殺遺族であるNPO理事の小森美登里氏は「天国のあの子たちが、もう一度この社会で生きてみようと思うまで、がんばります」と語り、会場中の涙を誘った。

人間社会にはさまざまな事件が渦巻いているが、「まさか、そんなことが起こるはずはない」と私が信じてきたようなことが現実に起こる昨今の日本社会に、私は強い恐怖と怒りを覚える。

理不尽な死は、死別者の心に永遠に残る傷を残す。
人間の心を取り戻せる日本社会再生のために尽力したい。

玉越 直人
新年あけましておめでとうございます。
2016年1月6日
新年あけましておめでとうございます。
旧年中は本当にありがとうございました。
改めてみなさまに深く御礼申しあげます。

さて、株の暴落に合わせたように、世の中が一斉に動き出しましたが、みなさまはどんな年末年始をお過ごしだったでしょうか?
私は、溜まっていた仕事を片付けながら、「ちょっと休憩!」と自分で言っては、本を読み、音楽を聴き、映画を観、散歩し、夕方になると銭湯に行き、夜は遅くまでウイスキーをちびりちびりやりながらまた本を読み、また仕事をするという、とめどない年末年始を過ごした。
そしてその間、まったくテレビを観なかった。いや、違った。「紅白」だけは観た。
最近の売れっ子若手ミュージシャンをあまりに知らな過ぎることを反省して、毎年この番組だけは観るように心がけているのだ。

そんななか、自分に課したノルマが、『WAVE出版漂流記 中年篇』の執筆だった。
3年半前の創業25周年の記念に、『WAVE出版漂流記 青春篇』という、創業から15年目くらいまでのドタバタ劇をまとめた冊子を作製し、お世話になった方々に差し上げたのだが、その続編。
「青春時代で止まってもいいのでは」と思いながら、先送りしていたのだが、冊子を読んでくださった方から「漂流記、面白かったですね。続編楽しみにしてますよ」「そろそろですか、中年篇!」などと言われることが最近増えてきて、ついに尻に火がついてきてしまったのだ。
ここは覚悟と、「社の記録を残すのは、創業社長の責務だ」「まとまった時間は正月休みしかない」などと自分に言い聞かせ、暮れに書き出した。

では、さぞかし筆が進んだかといえば、いやはやお恥ずかしい。
日頃は「鬼の編集者」で、著者の方々に原稿締切のアラームを強く鳴らす立場だが、いざ自分となると、なかなか。
「休憩!」が多過ぎて、目標の3分の1ほどで三が日が終わってしまった。
「著者失格」である。
締切を厳守してくれた著者のみなさんから、叱られる(笑)。

しかし、言い訳めくが、「中年篇」は、「青春篇」に比し、自分で書いていても跳躍感が少なく、筆が進みにくい。
所詮「青春」には勝てないのだ。
もちろん、記憶が乏しい、というか、薄いせいもある。
だが、最近のわがモノ忘れ振りをみても、私もいつなんどき「すべてを忘れる瞬間」が来るやもしれず、安穏としてもいられない。
今年春までには脱稿したいが、どうなることやら・・・。

まあ、そんな内輪の話は別として、今年も本欄の拙文にお付き合いいただける、優しいみなさまにとって、今年が最良の1年となりますよう、心からお祈り申しあげます。
本年も小社をどうぞよろしくお願い申しあげます

玉越 直人
本とウイスキー
2015年12月25日
年の瀬になると思い出すのが、今は亡き親友K氏と、仕事納めの日に盃を交わしながら語り合った本とウイスキーの話。
なにか高尚な話かと期待されては困るのだが、要するに「休日の夕暮れどき、ひとり本を読みながら呑む酒は何が一番ふさわしいか?」。
トイレが近くなるから、ビールは困りものだし、日本酒は、互いにぬる燗好きなので面倒だ。それに、焼酎には悪いが、なにかしっくりこない。
となると「ワインか、ウイスキー」だが、こうなると、「ウイスキーをストレートでチビリチビリ」に軍配があがる。
というか、最初から結論は出ているようなものなのだが、こんな、たわいのない話ができるK氏との時間が何より愉しかった。

そんなK氏が急逝した翌年、2013年5月に開いたのが「BAR WAVE」。
店内に小さな書棚を設け、私や友人の好みの本を並べ「BOOK BAR」を気取った。
内心、K氏のような本好き、ウイスキー好きの客が集まる店を目指して、行きつけの古いBARを火曜と木曜だけお借りする形で始めたのだが、そもそもこの店に連れてきてくれたのもK氏だった。

今でも、誰も客がいない静かな晩など、本を片手に満面の笑顔のK氏がドアを開けて入ってくる姿を夢想してしまう。
K氏ならカウンターに立つ私にこう言うだろう。
「最近、なんか面白い本読んだ?」と・・・・・・。
K氏に答えるなら、慌ただしい師走の合間に読んだ本『亡き王女のためのパヴァーヌ』(パク・ミンギュ著、吉原育子訳、クオン刊。徹底した弱者の目線から愛と人生を綴る韓国の新文学)と、『世界の果ての子どもたち』(中脇初枝著、講談社刊。戦時下、家族と共に満州に渡り、出会った出自の違う3人の少女が辿る悲惨な運命と再会の物語)と答えるだろう。

振り返れば、『世界の果ての子どもたち』を生んだ悲惨な戦争が終わって70年目の今年は、安保法制、原発再稼働、老々介護死、子どもの貧困、いじめ自殺の増加、辺野古基地問題など、心痛むニュースばかり。
出版業界内でも、取次会社の経営破綻、雑誌の実売急減、アマゾン問題、消費税の軽減税率適用問題、再版見直し論議など、次々と課題を突きつけられた1年だった。

だが、そんな厳しい日々の中で心を支えてくれたのは、やはり素晴らしい本との出会いだった。
今年の年末は、ウイスキーグラスを片手に、新たな本との出会いを楽しませていただくことにする。

**********
今年も、私の拙文「社長夜話」に辛抱強くお付き合いいただき、心より感謝いたします。
みなさま、よいお年を。
来年は、「BAR WAVE」にもぜひ。
酒神に手を合わせながら、お待ちしております。

玉越直人
八王子いちょう祭り
2015年11月30日
八王子いちょう祭り










絶好の秋晴れの下、第36回となる「八王子いちょう祭り」が11月21日(土)、22日(日)の2日間にわたり開催された。50万人もの方々が来場されるという、民間主催イベントとしては国内最大級の祭りである。

私は去年の夏までこの祭りのことを知らなかったが、縁あって今年は出展社としてメイン会場にブースをお借りし、「いちょう祭り」デビューを飾った。
その縁とは、小社刊『それでも人生にYESを』著者の富樫康明氏がこの祭りの専務理事(実行委員長)の大役を務めていることから生まれたとものである。

今年の祭りのメインテーマは「おもいやりの心 おもてなしの心 やさしい心」、合言葉は「Say YES Start together! YESをはじめよう!」である。
テーマを考えたのは富樫氏。ずばり「YES」とは、富樫氏の著書のテーマである「いのちを支え合う心」のことである。

会場である東京都の郊外、自然に恵まれた八王子市には、市内追分交差点から高尾駅前までの甲州街道約4キロにわたり770本もの見事ないちょう並木が続くが、毎年11月下旬には、この街道はいちょうの葉で黄金色に染まり、それはそれは美しい。

昭和53年、いちょう祭りの創始者である「追分郵便局長」の大野聖二氏と20代の若者だった富樫さんたち地元の有志は、このいちょう並木をシンボルとした、市民の手による、市民のための、市民の祭典を開催することを決め、翌54年、第1回いちょう祭りが開催された。
「企画はキミたち若者の自由な発想で構わない。必要であれば助力する。もしもの時は、私がすべての責任をとるから」という大野氏の声に、無名だが才気ある若者たちは励まされ、「失敗を恐れず、のびのびと活動に専念できた」と富樫氏は回想する。
いちょうの樹の母と、その子である実たちの旅立ちを描く、宮沢賢治の『いちょうの実』という童話が思い出される、愛情あふれるエピソードだ。
「人間を愛する、自然を愛する、地域と文化を愛する」を旨とする思想家でもある大野氏は、「未来を担う若者たちを育てたい」という願いを胸に、まさに「YES」を実践したのだった。

その若者たちもいまや60代になった36回目の祭りに、WAVE出版は会場内のブースで本の展示販売・お遊びコーナーを設け、ユニークな製本キット「くるみ」を販売する東京美術紙工協業組合さんの協力を得た「本作り体験コーナー」も通して、来場者の方々と親しく触れ合うことができた。

また、八王子中央図書館地下展示室をお借りして、読み聞かせのベテランである間嶋真理子さんによる「社の絵本の読み聞かせ」と、人気ユニット「たゆたう」さんによる「おはなし音楽会」を催し、親子連れのみなさんに楽しんでいただいた。
子どもは本当に素直である。会が終わっても、子どもたちはなかなか帰らない。「さっきの本、見せて!」と言って、本を開き、見入っている。
『ながぐつボッチャーン』(軽部武宏著・小社刊)に見入っている男の子の足元を見たら、なんと「長ぐつ」。お母さんが照れくさそうに「この子は長ぐつが大好きで、こんないいお天気でも・・・」と。

祭りは過去最高の人出を記録し、閉幕したが、私はつくづく八王子市民が羨ましくなった。
いますごい人気の高尾山の紅葉と同時期に開かれる「いちょう祭り」、早くも来年が楽しみである。

玉越 直人
初孫誕生!
2015年11月6日
私の話ではない。
秋に入り、親しい友人からの「初孫誕生」の報が続いた。
つい先日も、ごく親しい某出版社の社長との会食当日に「初孫くん」が生まれ、会はたちまち初孫誕生祝い会と化した。
日頃、家族の話などあまりしないシャイな御仁が、自分で撮った「孫の写真」をスマホで見せながら「かわいい〜」を連発する姿がとても新鮮で微笑ましかった。

以前、わが子の世話には到底熱心とは言えなかった悪友が、目尻を下げっぱなしで孫育てに精を出す姿を目の当たりにしたことがある。
未経験の私はただただ苦笑するしかなかったが、「目に入れても痛くない」という比喩の見事さに、改めて気づかされた日だった。

「かわいい〜」の余韻冷めやらぬ数日後には、初孫のお嬢ちゃんが生まれ、「ついに私もおばあちゃんになりました」というメールが女の知人から届いた。
お祝いに伺ったが、幾晩も病室でひとり娘に付き添っていたそうで、「自分のお産のときよりも、よく頑張ったと思うわ」と、不思議な自信に満ちた笑顔で語る姿がとても眩しかった。

聞けば、団塊の世代あたりから「孫育て」はかなり進化しているようで、最近は「じいじ」「ばあば」の孫相手の絵本読み聞かせもちょっとしたブームらしい。
となると、孫に読み聞かせしたい絵本選びが・・・。
ひょっとすると、児童書の世界にもシニア旋風が吹くのではないだろうか。

ところで、くだんの初孫社長が「かわいい〜」の合間に薦めてくれた『わるじい秘剣帖』(風野真知雄著・双葉文庫)を早速買って読んだが、これがとても面白かった。
主人公は隠居したばかりの凄腕の武士、桃太郎。
その無骨な剣豪が、不肖の息子が芸者とのあいだに生まれたもうひとりの孫の桃子と偶然出会い、孫かわいさのあまり、いつも桃子を背負いながら、怪事件を見事に解決していくという、とても痛快な時代小説だ。
ちなみに、桃太郎も、初孫の顔を見ては「かわいい〜」を連発する。
孫のかわいさには、江戸も平成も、武士も社長もないのだ。
風野氏の「わるじい」と「美人芸者」「孫」が織りなす物語。シリーズ続編が楽しみである。

*「わるじい」の「わる」の意味は、どうぞ本を読んでのお楽しみに。

玉越 直人
金のりんご賞
2015年10月22日
国際的に有名な絵本原画の国際コンクール「ブラチスラバ世界絵本原画ビエンナーレ(BIB)」の「金のりんご賞」を、小社刊の絵本『オレときいろ』著者のミロコマチコさんが受賞された。
受賞の報をフィンランド滞在中に受けたという著者の祝賀会が先日都内であり、お祝いにかけつけた多くの方々とともに、喜びを分かち合った。
ミロコさんは受賞の喜びを「きいろが金色になりました」と、書名にかけて語られていて、出版元としては最高に嬉しい晩だった。

BIBは1967年に設立され、以降スロバキアで隔年に開催される、子どもの本の原画分野では最も歴史が古く、権威があるとされており、今年は25回目、50周年の大きな節目にあたる。
1か国から15名の作家しかノミネートできない狭き門で、今年は50か国以上が参加して、なんと10次審査までいったという栄誉ある受賞は、「快挙」の一言に尽きる。

ミロコさんは、2012年のデビュー作『おおかみがとぶ』(イーストプレス)で2013年「日本絵本賞大賞」、『ぼくのふとんはうみでできている』(あかね書房)で「小学館児童出版文化賞」、『てつぞうはね』(ブロンズ新社)で「講談社出版文化絵本賞」と3作連続受賞された、今最も注目される若手絵本作家である。
この大賞受賞をきっかけに、海外から注目を集め、世界中の子どもたちに「ミロコ・ワールド」が届くことを願ってやまない。

受賞作の『オレときいろ』は、自由自在の筆致でパワーにあふれた猫ときいろの絵が、本からはみ出してしまいそうなエネルギーに満ちた快作である。

ある日、目の前に現れた「きいろ」を夢中で追いかけ回るオレ(猫)が、命というものの豊かさに出会うまでの幻想的な世界を描いた本作には、説明的な文章はほとんどなく、「だっ だっ だっ ざっ ざっ ざっ」「ぐわあ わお わお わおー」のような擬音語が縦横無尽に躍り、大人も子どもも自然に心が弾んでくる。

ミロコさんは、受賞作の帯に「なにもかも きいろに まみれて おどりながら 描いたよ」「いきものは まぶしくて わたしにとって きいろだった」と綴られている。
この光輝く作品は、あふれんばかりの夢と希望に満ちていると私は思う。

玉越 直人
不屈魂
2015年10月8日
先週、急逝された、小社刊『負けてたまるか』著者、松本崇・長崎県大村市市長のご葬儀に参列させていただいた。
東京を発つときは快晴だった空が、長崎空港に降り立ち、大村市内の葬儀会場に入る頃には雨に変わった。まさに「涙雨」。
敬虔なクリスチャンである松本市長とのお別れは、讃美歌の斉唱で静かに始まった。

松本崇氏は、市長在職中に無実の罪で逮捕され、220日間勾留。その後、奥様の自殺、次男の急死、そして足の筋肉が弱る難病のために車椅子生活に。
「あの頃は廃人のようだった」と本書に綴った松本市長だが、絶望の淵から不屈魂で復活当選、市長に返り咲き、通算6期務められるなか、慢性的な財政赤字を一気に黒字化しまた、「日本一住みたくなる街」を作り、人口増を果たした長崎県内でも有名な「奇跡の市長」である。
亡くなる寸前まで「こんなことをしたい」「あそこが足りない」と市政への夢を語っておられたという。

葬儀場から空港に向かったタクシーの運転手さんが「われわれ市民みんなが愛した市長が突然いなくなり、われわれはこれから一体どうしたらいいのでしょう」と途方に暮れておられた。
出版社社長と著者という関係を超え、松本氏を実の父のように敬愛し、心の支えとしてきた私も呆然とするばかりで、まさに同じ心境である。
「不屈魂で、正義の人。常に自分のことよりも他人のことを考える優しい人」。これが市民の松本市長評だと弔辞でうかがった。
どこぞの首相に、この市民たちの声を聞かせてやりたい。

帰路の機内、式辞のなかで牧師さんとご長男が語った言葉を思い出した。
若い牧師さんは「市長は、どんな多忙なときでも、毎週日曜の礼拝を欠かさず、帰るときは、礼拝者の一人一人に『お元気ですか、また来週お目にかかりましょう』と声をかけていらっしゃいました。市長は、不幸なときも幸せなときも、いつも生きていることを喜んでおられたのだと思います」と語っていた。
式の最後に、喪主の奥さまの代わりに挨拶に立たれたご長男は「父は死の前夜、私の手を強く握り、かすれた声で『負けてたまるか』と語った」と涙声で話されていた。

玉越 直人
国会が死んだ日
2015年9月25日
国会が死んだ日










安全保障関連法案が参議院特別委員会で採決された晩、私は国会議事堂前で「安保法案反対集会」の渦の中にいた。
主催者があちこちに設置した街頭スピーカーからは、国会内の与野党の攻防の様子が刻々と報じられ、「9条を壊すな」「戦争法案絶対廃案」などのシュプレヒコールと、自民党の横暴と圧政を非難する演説の声は、夜が更けるにつれて高まった。

60年安保では死傷者が出た場所、国会前は、警察車両が盾となり道路を封鎖し、警官が連なりロープで溢れる人々を抑え込み、緊張感が増していたが、誰ひとりその秩序を乱す人はなく、徹底した非暴力の姿勢と非戦の決意から生まれた一体感に、私は傘もささず、ぬれねずみになりながらも、心は熱かった。

翌未明の同委員会で、目をそむけたくなるような見苦しい強行採決がなされ、19日未明にはついに参議院本会議で可決・成立した安保法案。
憲法学者でなくともわかる明白な違憲法制であり、「敗戦後70年、平和を守ってきた日本を、戦争する国に変えた」、戦後最大の過ちだと私は怒っている。

その前々日、17日の朝日新聞「天声人語」に、小社刊『日本を戦争する国にしてはいけない』著者の小西洋之参議院議員が同書の中で力説した「安保法案、違憲の証拠」が取り上げられていた。

小西氏は「国会質疑のなかで、様々な論証をもとに解釈改憲の根拠のデタラメさを安倍首相他の閣僚にぶつけてきたが、とぼけて自説を繰り返すばかりで、誰もまともに答弁しない」と嘆く。
もはや国会質疑が成り立っていないと言うのだ。

東京オリンピック決定前、福島第一原発「汚染水漏れ」の事実を隠ぺいし、「アンダーコントロール」などと言い換えたりする安倍首相の欺瞞の姿は見慣れてしまったものの、「安保法案」に関する国会質疑を見ていると、「この国の主権者は国民ではなく、安倍政権か」「民主主義は破壊された」「国会は死んだ」と、正直悲観的な気分にもなる。

だが、決してここであきらめるわけにはいかない。
「違憲の根拠はこれだ」「こんな違憲の法律により、一人でも戦死者を出してはならない」と口をそろえて言い続けることが、この暴挙にブレーキをかけ、民主主義を取り戻す道だと確信している。

そしてさらに、来年は選挙もあるし、訴訟という手もある。私たちの手で、国会を再生させ、日本を恒久平和の国にすることはきっとできる。希望はあるのだ。

玉越直人
SerenDip(セレンディップ)
2015年9月1日
8月25日、四国・松山市に新規開店した「SerenDip明屋(はるや)書店アエル店」のオープニング・イベントにお招きいただいた。
3年前、ト−ハン九州支社長から一転、チェーン84店舗を擁する明屋書店社長に就任した小島俊一氏。
コンビニとの共同店など、業界を賑わすニュースを連発してきた小島社長が練りに練って構想し、アエルビル・オーナーの森ビルと若き店舗設計者たちとのチーム力で生みだした店を内覧させていただいたが、まさに圧巻だった。
パーティ会場で隣席したトーハンの藤井社長も「今までの明屋さんとはまったく違うユニークな店」と称賛されていた。

小島社長が考えた店のコンセプトはずばり「SerenDip」(セレンディップ)。
「 SerenDipは、偶然の幸運を意味するserendipity(セレンディピティ)が語源。お客様に本やモノと出会う偶然の喜びや、人と人が出会う偶然の幸運を体感できる店舗であってほしいとの思いを込めました」と語る。
坪数は標準的な140坪で、けっして広くはないが、書籍、雑誌だけでなく、文具、雑貨、食品などの品ぞろえの豊富さがすぐにわかる。

もちろん最大の見どころは棚。
本と商品が同じ棚に縦横に並ぶ、まるで「家の本棚」のような雰囲気にたちまち魅了された。
「非常に苦労したが、自分で選書、商品選びをし、今までにない自由な棚を作ることができた」と話してくれる書店員さんたちの眼がキラキラしている理由がよくわかる。
地域密着だから生まれる「地元のご一家の方に喜ばれる店を作りたい」という、書店員の思いがしっかり伝わってくる、ほがらかで温かい店内にいると、時の経つのを忘れてしまう。

店の仕掛けを記すとキリがないが、小島社長の発案で生まれた、今まで見たことのない「テレビ局のサテライトスタジオ」、購入前の本でも2冊までは自由に持ち込め、「座り読み」できるカフェに私は注目した。
また、愛媛県のご当地ゆるキャラのグッズや今治の特産タオルなど、県内の名産品コーナーも充実していて、旅行気分で愉しい。

われわれ出版社の人間はよく、本と読者との出会いを「読者創造」というが、この店では、まさにそれが「SerenDip」。
私自身、普段なら素通りしてしまうコーナーや棚で足が止まり、「予期せぬ本や雑貨との出会い」が私の心をとらえ、きづいたらレジで「5450円也」だった。

小島社長は、「日本の書店は、毎日来店されるお客さまのうち、推計500万人もの方を、1冊も本を買っていただくことなく、手ぶらで空しくお帰ししている。こんな業界はありえない」と力説する。
手ぶらどころか、両手一杯に本を抱えて、嬉しそうに店を出る客をどれほど増やせるか。それが小島社長の言う、「立ち寄り客」こそ書店の財産であり、本を通じて、もの、こと、人が出会う、幸せな偶然を呼ぶ書店づくり思考の原点である。

地方書店の閉店が急増する中、書店再生モデルを目指し奮戦する小島社長の姿と情熱に心打たれ、わが夢「行列のできる書店構想」に耽りながら帰京した「SerenDip」な旅だった。

玉越 直人
日本を戦争する国にしないために、今私たちにできること
2015年8月21日
日本を戦争する国にしないために、今私たちにできること敗戦後70年の今年は、年初から「非戦」を訴える書籍の出版に多くの力を注いできた。
しかし、「国民が主権者である」ことを忘れたかのような、安保法案強行採決に突き進む安倍政権のあまりの暴走ぶりに、この平和の国を築いた憲法と民主主義が蹂躙される憂いが深まり、さらなる緊急出版を行なった。
「解釈改憲のカラクリ」を完璧に暴き切った 『日本を戦争する国にしてはならない 違憲安保法案「ねつ造」の証明』(小西洋之著) である(kindle版は8月19日発売。書籍は8月27日発売)。

「日本の戦争参加は絶対許せない」「違憲の法律がもとで、国民を一人でも死なせてはならない」「世界の平和のために日本はもっと貢献できないのか」
これが、戦地で、空襲で、国内地上戦で、かけがえのない家族を亡くし、世界唯一の被爆国として「二度と過ちは繰り返しません」と誓って以来70年間、「何があっても、絶対に戦争はしない」と平和を守り抜いてきた日本人の総意であり、決意である。

にもかかわらず、憲法96条に記されている「憲法改正」の手続きを経ず、無茶苦茶な解釈改憲根拠をねつ造し、「戦争法案」を合憲とする安倍首相は、日本人の尊い精神、良識を汚す、最も愚かな「過ち」を犯そうとしている。

著者の小西氏は、官僚出身の参議院議員であり、政界、法制度に精通した若き論客である。国会の場で「安保法案が明らかな憲法違反である」ことを様々な論証を基に徹底的に追及してきた稀有な存在だが、「国民が憲法を取り戻す」ための一助になればと執筆された。

小西氏は訴える。
「万が一、安保法案が強行採決され、成立したとしても、違憲の法律は永久に違憲のままであり、わらわれが、この違憲の真実を胸に、声を上げ続けることが、戦争を防ぐ最強の抑止力である」と。

国会前だけでなく、全国各地で、一般市民による「非戦行動」が急速に盛り上がっている。日本を永久に戦争しない国にするための「闘い」は、まさに今始まろうとしているのだ。

玉越直人
奄美の若者たちの「祖国復帰」無血革命
2015年8月10日
奄美の若者たちの「祖国復帰」無血革命










猛暑のなか、奄美大島を訪ねた。
近刊『奄美の奇跡』(永田浩三著)の出版にあたり、書店さん、地元メディアの方々、取材に協力してくださった復帰運動に命をかけた方々と交流させていただいた。
滞在24時間という弾丸出張だったが、島の方々の思いやり、心の温かさに魅了された、とても嬉しい旅となった。

奄美は「大島紬」と「黒糖焼酎」、作家の島尾敏雄と日本画家の田中一村で知られるが、観光と林業が主たる財源という、美しい海に囲まれた島だ。
その静かな島は、敗戦後、沖縄と共に日本から分離され、米軍占領下、8年間の祖国復帰運動の末、1953年12月25日に復帰を果たしたが、本土ではその事実を知る人は少ない。
そして、その運動の中心を担ったのが若者たちであり、無血の革命だったことを知る人はさらに少ないだろう。
20万の島民が一丸となって声をあげ、空前の祖国復帰運動を闘ったわけだが、「格子なく牢獄」から解放された後、島民たちは声高らかに「祖国復帰の歌」を合唱したという。

その知られざる戦後史を重厚な筆致で描き切った著者の永田浩三氏は、NHK勤務時代、「NHKスペシャル」、「クローズアップ現代」などを次々と制作、菊地寛賞など数々の賞を受けた方だが、現在は武蔵大学教授で、ドキュメンタリー番組制作、著作に生涯を捧げる気骨あるフリー・ジャーナリストである。

奄美は「薩摩藩」、そして「琉球国」との確執を経た、苦難の歴史をもつ島であるが、その誇り高く、何事にも耐え抜く精神は、現代日本人が失いつつあるものであり、「奄美の奇跡」を起こした原動力でもあった。

戦後70年を経た今、安倍政権は、解釈改憲をもって「集団的自衛権行使は合憲」と詭弁を弄し、再び日本を「戦争をする国」にしようとしており、それに抗議する国会前の人々の輪の中に、若者の姿が増えてきた。
私には、その国会前の若者の姿と、ハンガー・ストライキを続けた奄美の若者の姿が重なってみえる。

戦争がなければ、占領もない。
「絶対、日本を戦争する国にしてはいけない」
本土復帰闘争のリーダーの一人、今は85歳になられた崎田実芳氏の言葉が今も耳に残る。

玉越 直人
若者差別が日本の未来を閉ざす
2015年7月15日
若者差別が日本の未来を閉ざす











ベストセラーとなったピケティの『21世紀の資本』(みすず書房刊)だが、私は去年の発売直後にいち早く購入したものの、なかなかまとまった時間がとれず、また正直728頁という、そのぶ厚さに読破の覚悟が定まらなかったこともあり、自宅の書棚に置いたまま、年が明けてしまった。
だが、「これだけの話題書を読まないでいるのはいかん」と正月休みに一念発起。2日間にわたり机に向かい、読了した。

それだけの大著とはいえ、堅めの経済書にはない、社会的・文化的な考察が面白く、翻訳がまた非常に読みやすかったこともあり、意外に頁の進みはスムーズだった。
内容は、ご承知のように、欧米社会を中心に、現代社会に危機を招いている格差問題を、ビッグデータを基に解析し、提言を綴った好著である。
頁数の多い本、価格の高い本がなかなか売れない時代に、この本を信念をもって翻訳出版された、みすず書房さまに敬意を表したい。

ただ私は、爽快な読後感の傍ら、同書には、日本社会における「格差」「貧困」「差別」問題に関するピケティ氏の言及が少ないことに残念な思いが残り、どなたかに「日本の21世紀の格差」問題を書いていただきたいと、編集者魂に火がついた。
そして、その思いを最初にお伝えしたのが、小社新刊『21世紀の格差 こうすれば、日本は蘇る』著者の高橋琢磨氏である。
橋氏も私と同じ読後感をもっていたことから、あっという間に企画は固まり、著者から届く原稿のスピードに感嘆しながら、私の編集者としての日々が始まった。

著者は、日本特有の格差の歴史から紐解き、現代の深刻な格差問題を解明しながら、「アベノミクスの終焉」「グローバル化の行方」「地域創生の行動プラン」にも縦横に言及し、日本独自の格差問題の本質と解決策を明確に示した。

著者の一番の主張は「日本の格差問題がこのまま放置されれば、日本はやがて崩壊の危機に瀕する。その一番大きな理由は「若者の貧困」、「若者差別」にあり、それが「非婚」「少子化」を加速させ、「慢性的な人口減」により、「日本の未来が失われる」」というものである。

最低賃金677円の国で暮らす若者たち。若さゆえに理不尽な労働荷重を強いられる若者たち。明るい未来への夢と希望を失いつつ、声を上げる余裕も力もない若者たち。

かたや、霞が関で今日まさに強行されようとしている「安保関連法案」の採決。共同通信社が6月下旬に行った全国電話世論調査では56・7%の人が「憲法違反」と答えたという。
憲法違反の集団的自衛権行使の道を傲慢な姿勢で開こうとする政府・自民党と、戦争に駆り出されるかもしれない、日本の若者たち。

この国の良心は既に崩壊しているのではないか。
暗澹たる思いで、敗戦後70年を迎える日本を見ている自分がいる。
『それでも人生にYESを』
2015年6月23日
『それでも人生にYESを』











小社6月刊行の新刊『それでも人生にYESを』(富樫康明著)について、少しふれさせていただく。

この本作りは、私が著者の富樫康明氏と昨年8月に出会ったことから始まったもので、以来、企画から編集まですべてを行なった「入魂の書」である。

富樫氏は、小学生の頃に、不治の腎臓病を患い、苛酷な入病闘病生活を送り、奇跡的に快復したものの、復学した学校での地獄のようないじめの中で、幼くして「生きる希望」を失った。

そしてやっと出た社会でも、想像を絶する苦難や、理不尽な扱いによる会社の倒産、かけがえのない人との死別を経て、人生を「否定(NO)」し続ける人間となった。

だが、奇跡的に彼を救い、前向き(YES)に生きる力を与えたのは、心優しい人々との出会い、古今東西の心温まる実話や偉人たちの魂の響きだった。

私は、同世代の富樫氏のこの壮絶な体験をひとつひとつ伺ううちに、この稀有な人生体験は、この厳しく乾いた現代社会を生きるなかで、様々な苦難に遭遇し、傷つき、苦しみ、悩むたびに、人生を否定的(NO)に考えてしまいがちな私も含めたすべての人の「心の杖」となるのではないかと思い、同じ願いをもつ著者と本作りに没頭した。

著者は、かつての自分自身がそうだったように、すべての運命を引き受けて、どんな時でも、8つの言葉<ありがとう><そうだね><ごめんなさい><よかったね><おめでとう><はい!>「<しあわせだよ><愛しているよ>を心に誓って言おう、そうすれば、そこに人生の希望が生まれる、と語りかける。

「NO」だらけの人生を、自らの力で乗り越えた著者だからこそ言える重みのある言葉……それが「それでも人生にYESを」なのだ。

私は、「1冊の本には、読者の人生を変える力がある」と信じて、この茨の道の仕事を続けているが、私自身、大好きな本や映画、音楽の世界にあふれる言葉に救われ、人との出会い、有名・無名な実話に触れることで、たくさんの慈雨をいただいている。

本書は、いかなる苦境にあっても、「自分を大切に慈しみながら、真摯にまた力強く生きていこう」、そう思わせてくれるお話、言葉に満ちている。

YES。それはあなたの人生を変える、魔法の言葉かもしれない。
沖縄人の怒り
2015年5月27日
沖縄人の怒り









先週、辺野古への基地移設問題で揺れる沖縄に出張した。

沖縄入りしたのは梅雨入り日の前日だったが、那覇空港を降り立ち、浴びる風は、南国そのものの、人を温かく包む優しいものだった。

到着翌日の琉球新報、沖縄タイムズの朝刊トップは「オスプレイ訓練強行」。

前日ハワイで死亡事故(乗組員1名死亡、21人が病院に搬送)を起こした機と同型のオスプレイの訓練を、その翌日何事もなかったかのように普天間基地で強行した米軍の愚行に、県民からの反発は強かった。

そしてさらに驚いたのが、その記事の下にある「沖縄戦資料を撤去」の見出し。

「大阪国際平和センターが4月のリニューアルに伴い、沖縄戦の実物資料を撤去。その資料は、沖縄県平和祈念資料館に変換される見通し」という内容に続き、大阪府議が展示内容を「自虐史観」と批判した経緯があり、専門家は「リニューアルの政治的意図は明らかだ」と指摘しているという記事だった。

これは沖縄戦の記録に「目隠し」をする卑劣な行為ではないだろうかと思い、私は悪寒を覚えた。

小社は6月23日の沖縄戦終結の日に合わせ、『13歳の少女が見た沖縄戦  学徒出陣、生き残りの私が語る真実』(安田未知子・著)を出版するが、著者は、沖縄県立第一高女の1年生、たった13歳でありながら、陰惨な地上戦の中で、校長からの命令で「伝令役」をさせられた方。その日から70年経ち、83歳になった今、封印を解いて、すべての苦しみの記憶を本に綴っていただいた。

県民の4人に1人が死んだ、あの沖縄戦の地獄と人間の狂気を、私たち日本人は決して忘れてはならないという、強い思いを込めた出版である。

出張最後の日、同行の男性編集者と2人で「ひめゆりの塔」にうかがい献花した後、「平和祈念資料館」に入ったが、初めて訪れた編集者は、館を出たとき、「私はこんなことは滅多にないんですが、食欲がなくなりました……」と。

1972年の沖縄返還時、佐藤首相が「核抜き、本土並み」と公言したのは有名な話だが、「核抜き」も「本土並み」は明らかに空手形だった。

沖縄戦から70年も経った今も、基地問題に限らず、沖縄はいまだ本土の「踏み台」なのである。

県庁前の集会で聞いた、沖縄人(うちなーんちゅ)の怒りのシュプレヒコールの波が今も耳に残る。

次の一手
2015年5月12日
昭和の日、新宿紀伊国屋サザンシアターで開催された「将棋対局 女流棋士 知と美」に取材でうかがった。
華やかな着物姿で舞台に登場した、知性と美しさに溢れた女流棋士二人の素顔と真剣勝負が間近で見られる、将棋好きにはたまらないイベントだった。

私は大学時代、日本一の将棋の駒生産地である山形県天童市にある将棋資料館をわざわざ訪ねたほどの「下手の横好き」だが、棋士の対局を「生」で見たのは初めて。
女流ということもあって、かなりソフトな演出だったが、対局を前に行われた「トークショー」では、ちょうど連休中ということもあって、司会の女性から、「もしも長い連休がとれたら何をしたいですか」という軽い質問に、甲斐氏は「お料理」、室田氏は「海外旅行」と、今どき女子らしい、微笑ましいお答え。
「デジタル将棋ゲームはなさいますか?」との質問に「対局で負け、すごく悔しいときにやりたくなります」と甲斐氏が苦笑しながら答えた言葉には、さすが女流2冠の座をもつ異才の秘めた闘魂がうかがわれ、心に強く残った。

そんな女流棋士の飾らぬ素顔に魅了されながら、対局は「相振り飛車」で始まったが、お二人は、たちまち表情が一変、勝負師の顔に戻り、会場は静寂に包まれた。

私が男性棋士よりも女流棋士対局が好きなのは、棋士それぞれの個性、戦略思考がわかりやすく感じられ、リスキーともとれるチャレンジングな棋譜が単純に面白いからだ。
この日も会場で「あっ」という声が上がるほどの予想外の一手が登場し、会場は沸いた。
対局は、この奇手をかわし、自分のペースを崩さなかった甲斐氏が制したが、室田氏の一貫した攻めの姿勢はとても清々しかった。
渋い名勝負はもちろん素晴らしいが、女流の闘い方には、勝ち負け以上の「強い意志」が垣間見られ、私はこの日もたっぷり興奮して貴宅した。

若きサラリーマン時代、将棋も麻雀も競馬も何も、ともかく勝負ゴトがメシより好きだった私だが、WAVE出版を起こしてからはガクンと興味が薄れた。
理由は簡単、会社経営の方が、はるかに「スリリング」だし、そもそも出版社そのものが、「先が読めない勝負の連続の世界」だからだろう。

かくして、勝利への次の一手を常に模索しているが、なにせヘボ将棋の私のこと。熱くなり過ぎて、「王より飛車を可愛がり……」にならないよう、頭を冷やす毎日である。
被災地の桜
2015年4月23日
週末、岩手県の陸前高田市を訪問した。
2011年の被災直後から、縁あって毎年お訪ねしてきた地だが、好天に恵まれ、一関駅からレンタカーで現地に向かう沿道の桜は見事に満開。この季節に被災地にうかがうのは初めてだった。
大規模な市街地復興の様子は新聞やテレビで見ていたが、被災地の方々はこの桜をどう見あげているのだろうかと思いながら、市内に入った。

陸前高田は、被災地沿岸の町のなかではとりわけ平野部が広く、そのため人口が密集した市街地は津波により全滅。消えた町の中に立った自衛隊員が「空爆を受けた戦場よりもひどい」と嘆いたという町である。
有名な「奇跡の一本松」は、私が学生時代の貧乏旅行中に立ち寄った、7万本もの見事な松並木を誇った名所「高田松原」の中で、たった1本生き残った樹だ。

4年前の訪問時、見渡す限り瓦礫と悪臭に包まれていた旧市街地は、今や高さ14メートルのかさ上げ大工事があちこちで進み、広大な開拓地となっていた。また、その工事で使う盛り土を山から削って運ぶ、巨大なベルトコンベアーが空中で交差し、空間を支配しており、その姿は異様なものであった。

早速、この4年間で知己を得た地元の方々を順次お訪ねしたが、車中気になっていた高台に建つ4、5階建の新しい被災者用共同住宅についてうかがうと、「仮設住宅のほうがいい」という方も多く、入居率はいまだ半分くらいだという答えが返ってきた。
共同住宅に入居すると、「仮設」では負担のない「共益費」がかかるという事情も大きいが、やっと慣れた仮設コミュニティから新天地での暮らしへの「転換」に、心の準備がつかない方も多いのが理由ではないか、と自治会長さんは語る。
4年という歳月のなかで、目にみえる復興と心の復興のスピード差に追いつける人、そうでない人が生まれている事実が、そこにはあった。

また一方、「人口がどんどん減っていく中で、こんな大規模事業が本当に役立つ復興策なのか」「いや、だからこそ、人口流出に歯止めをかける、新しい希望の町作りが必要なんだ」という本音の声の応酬も響いてくる。

町を離れる前、トイレを借りに、去年7月にできたばかりという「イオン」に入った。
高台の満開の桜の樹の下に人影はなかったが、店内には家族連れの姿がいっぱい。
「桜は嬉しいけど、みんな、花見する気分にはなれないよ」という、同世代の男性の話を思い出した。ここが、桜の季節、自分たちの街を失った人々が休日に集まる最大の広場となっているのだった。

東京ではみえにくい、被災地の方々の本音の姿と声、復興支援の難しさを反芻しながら帰京した旅だった。



児童書巡礼の旅
2015年4月10日
児童書巡礼の旅世界中の出版社が注目する児童書の国際見本市、ボローニャ・ブックフェアを初めて訪問した。
今年50年目を迎えるこの見本市は、欧州最古の大学があるイタリア・ボローニャの地に、名だたる各国の出版社が集う祭典であり、小社が児童書部門を開設する以前からの夢が叶った嬉しい一人旅だった。

社長業に忙しい年度初めの時期ゆえ、弾丸出張にならざるをえず、ローマ経由でボローニャに着いたのは、オープン前日の深夜23時。
翌日は、時差ボケ頭ながら、早起きして開場の午前9時にフェア会場に辿り着き、アポ先出版社のブースを夢中で駆け回っているうちに初日は終わってしまった。
だが、今回はターゲットを「絵本」に絞ったおかげで、どの出版社でも、近刊とお奨め本を、ページをめくりながら、まるで「読み聞かせ」のようにやさしく見せていただき、とても心地よかった。今までの国際ブックフェアでは経験したことのない、ふんわり温かい世界。
私も持参した小社の英文目録を見せながら、お話したが、プレゼン力の差に圧倒されるばかりだった。

会期4日間のうち、たった2日間のみの慌ただしい滞在だったが、世界中の出版人が作った自由で見事な絵本たちに、目と心が癒され、収穫の多い旅になった。
さらに、アポの合間をみて、会場入り口近くで巨大展示されている「イラストレーション展示コーナー」を見たが、これがまた素晴らしかった。
世界中の著名作家の作品群のすぐそばに、自由展示コーナーがあり、世界中の未知なる方々のイラスト、絵画と名刺、PR文などが、ところ狭しとベタベタ貼りつけられていて、これがすごく楽しい。ここには国境などないのだ。

市内観光も何もしないまま、あっという間に帰国の日をむかえた朝。早起きしてここだけはと足を運んだのが、市の中心部にある「マショレー広場」に面した児童書店。9時オープンのレトロな店内にはすでにお客さんがたくさん。
私もお土産に両手一杯の本を購入したが、店内に入っただけで心に翼が生え、少年時代に戻ったような空間に魅了され、気づいたら、空港へ向かうべき時刻が迫っていた。

さて今回の収穫、「読み聞かせ」いただいた絵本は約80点。うち強く印象に残ったのが10冊ほど。
この中から、どの本を日本の子どもたちに届けようか。児童書巡礼の旅は続く。

玉越直人
やってみなはれ!
2015年3月18日
某日、サントリーの名誉チーフブレンダー、輿水精一氏のお話をうかがう機会を得た。
NHK朝ドラ「マッサン」効果でちょっとした国産ウイスキーブームが起き、「山崎」「竹鶴」などの年代物はなかなか手に入らないと聞く。また、「ハイ・ボール」人気のすごさも、飲み屋に入るたびに目に耳にする。
こうした現象が今後どうなるのかは、単なる「呑兵衛」の私にはわからないが、1907年に日本人の口に合うワインとして「赤玉ポートワイン」を発売。次には「ウイスキーは海外のもの」と日本人みんなが信じていた時代の1929年に、「日本人の繊細な味覚にあった日本のウイスキーを作りたい」と「白札」を売り出した創業者、鳥居信治郎氏は本当にすごい(その時の工場長が、マッサンこと、竹鶴政孝さん)。
それから90年あまり、いまや「ジャパニース・ウイスキー」は世界5大ウイスキーの一角を占めるばかりでなく、WWAやISCなどの世界的酒造コンテストでも金賞連続受賞の常連となり、世界中から注目を集める存在だ。

「これは、もちろん、ブレンダーの技と、世界屈指の素晴らしい水、それを育む豊かな森林、自然環境の変化を生む日本の四季の賜物ではあるが、オーナー企業であることも大きい」と輿水氏は語る。
それはつまり、ウイスキーという、製造から製品化されるまでが10年、20年、30年もかかるような悠久の事業は、オーナー家の経営者による「絶対にぶれない理念」が支えているのだという意味である。
その証拠に、ウイスキー事業の売上げダウン、赤字が年々続くなかでも、マスターブレンダーである創業家の社長は新たな設備投資を決断したという。確かに任期何年というサラリーマン社長には至難な決断かもしれない。

矛先を変えた「ずばり、ブレンドとは?」という質問には、「個々の原酒の個性を活かし、新たな味わい、美味しさを創造すること」と淀みなく答えられた。
これは出版にも通じる「ものづくりの原点」だと深く心に響いた。
また私は知らなかったが、「木樽も自社製で、使う木の種類も様々」あり、「蒸留釜もみな大きさや形が違う」のだという。これはまるで壮大な実験場ではないか。
サントリーのDNAである「やってみなはれ!」精神をここにも見た。

輿水氏のお話を聞いて、今まで漫然とした気持ちで酒を選んできた自分が恥ずかしく、職人さんに申し訳ない気がしてきた。今からでも少し学ばせていただき、世界を広げようと思った次第である。

玉越直人
一番若い読者へ
2015年2月26日
児童書分野に参入して2年半が経つ。
たまたま知己を得た方々とのご縁とお力添えのおかげで、念願だった未知なる世界に漕ぎ出すことができ、この間、赤ちゃん絵本から幼年童話、創作読み物など、さまざまな本を世に送り出してきた。

振り返れば、創業の年に生まれた長女が10歳、次女が6歳を迎えたときから、本好きの母親からの影響か、本が大好きな2人の娘を連れて書店へ行くのが、私の休日の大切な「子育て」となった。
幸い、家の近くの図書館の前に、私の子ども時代からある「児童書専門書店」があり、図書館で本を借りた後、3人でこの書店に寄って本を買って帰るのが楽しみになった。
娘たちが自分で選んだ本を1冊と、私がふたりにそれぞれ「お薦め」の本を、懐具合もあり1冊だけ厳選することに決めたのはいいが、いざ選ぶとなると、出版人としては恥ずかしい限りだが、これがとても難しかった。
私の嗜好からの押しつけはいけないと、未読の本に限ったこともあるが、仕事ばかりの日々の中で、「女の子の育て方」を妻に任せきりにしてきてしまい、子どもの本の世界から遠ざかり過ぎていたツケもきた。
結局、親しくなった書店主の女性にアドバイスを受けたりして本を選ぶのだが、私の職業もご存じなので、ついつい「いい本が売れなくて・・・」のような業界話になってしまい、娘たちに帰宅をせかされたあの頃が、今では懐かしい。

もちろん、わが少年時代の書店の棚には、文字通り背伸びして本を選ぶ、きらめく夢の世界があり、まぎれもなく、その頃むさぼり読んだ本が今の私を作った。
だからこそ今は「そんなふうに選ばれる本を創らなければ」と妙に力んでしまうし、他社さんの大ヒット本を眺めていると、「今の子どもたちが興味をもつ、新しい世界の本を出さなくては」という現状迎合気味な思考に陥ってしまうこともある。
だが、そんなときには、先達が言う「子どもとは、読者の中で一番年が若い人間であり、本に年齢の壁はない」のだという言葉を反芻し、「児童書とは何か」を自問しているがいる。

先日、娘と一緒に久々にその書店に立ち寄った帰路、「児童書って何なんだろうね」と娘に聞くと、即座に「子どもの心を育て、大人になって読み返す本!」と模範回答が返ってきた。
昔の娘たちへの本選び体験を思いだし、「一番若い読者」ともっと強くつながりたいと願っている。

玉越直人
ウォルト・ディズニーの約束
2015年1月29日
子どもの頃に観たディズニーの傑作映画「メリー・ポピンズ」。
その製作時の舞台裏を映画化した「ウォルト・ディズニーの約束」(2013年)をDVDで観た。

『メリー・ポピンズ』(全8巻)の著者、パメラ・トラバースは、ディズニーからの映画化依頼を20年間も認めず、やっとできた作品をもまったく評価しなかったと言われており、事実、2巻目以降の映画化を認めなかった。
ロンドン在住の硬派でこだわりの強い作家トラバースは、そもそもハリウッドという世界自体を馬鹿にしていたし、ディズニーなどという、アニメ映画を作るような会社に、自分の分身である『メリー・ポピンズ』を預けることなど到底できないという深い信念をもっていたからだ。

妥協を許さない作家の厚い壁を切り崩すために、ウォルト・ディズニーや製作陣が悪戦苦闘する様をコミカルに描いたのが、「ウォルト・ディズニーの約束」である。
そもそも『メリー・ポピンズ』は、作家の少女時代の悲しい記憶から生まれた小説であり、その過去からいまだ解き放たれていない彼女は、何でも明るく、楽しい映画にしてしまうディズニー流に、怒りすら覚えていた、という事実があった。

ロスの映画スタジオでのバトルの末、ペンギンのアニメを使うという製作陣についにキレて、黙って飛行機で帰国してしまったトラバースを、ウォルト・ディズニーが次の便で追ってくる。
ロンドンの自宅を訪れた彼は、自らの暗い少年時代の話から、映画製作への情熱を真摯に語りかける。そして翌朝トラバースがひとり食卓で、ミッキー・マウスの縫いぐるみを前に、映画化許諾の契約書にサインをする。この一連のシーンが特に心に残った。
ウォルト・ディズニーはこう言ったのだ。
「われわれ物語を創る者は、想像力で悲しみを癒す。そして、人々に尽きせぬ希望を与える。私を信じてほしい。証明させてくれ。心から約束する」

映画のポスターがまた傑作だ。
ウォルト・ディズニーとパメラ・トラバースが並んで歩く姿なのだが、その長く伸びる影は、ミッキー・マウスとメリー・ポピンズなのだ。

私は正直なところ、大人になってからはあまりディズニー映画を観ていない。
ディズニー映画は……という方にこそ、この「ウォルト・ディズニーの約束」をおすすめする次第である。

玉越 直人
選択と肯定
2015年1月9日
2010年に刊行され話題を呼んだ書籍『選択の科学』(シーナ・アイエンガー著 櫻井祐子訳 文藝春秋)を読み逃しており、やっとこの正月休みに読んだ。
盲目の女性大学教授が20年以上にわたり、人生をかけて「選択」に関する広範な実験・調査・研究を行なった結果を、とても読みやすく興味深い内容にまとめた秀作である。
NHK・Eテレ「コロンビア白熱教室」で放送されて一躍有名になったシーク教徒の著者は、選択の自由のない少女時代に、「選択こそ生きる力」であると確信し、自身の人生を変えた。

職業柄、というか、昔からだが、私は目次頁の小見出しの文や言葉に惹かれ、本を買ってしまう傾向が強い。
この本では「なぜ、高ストレスのはずの社長の平均寿命は長いのか」「ジャムの種類が多いほど売り上げは増えると人々は考えたのだが」「わが子の延命措置を施すか否か。施せば、重い障害が一生残ることになる可能性が高い。その選択を自分でした場合と医者に委ねた場合との比較調査から考える」などなどに強く引き寄せられた。

上記の内容については、本を読んでいただくことにして、人生の岐路といえる、さまざまな「選択」というものを科学的にとらえ、「選択の複雑さ」をあぶりだしている価値ある書物に感謝と敬意を表したい。

「訳者あとがき」に、「目がみえないことで選択を制限されることについてどう思うか」というインタビューに対し、著者が「選択に制約を課されることで、逆に本当に大切なことに目を向け、選択しやすくなる。限られた選択肢を最大限活かすために、創造性を発揮することもまた楽しいのだと」と答えている一文が載っているが、まさに本書の神髄であり、すべての人々に共通する「至言」であろう。

次に、紙幅が少ないので手短になってしまうが、正月に読んだもう1冊、『人類が永遠に続くのではないとしたら』(加藤典洋著・新潮社)をご紹介したい。
3.11の原発事故をきっかけに連載執筆されたというこの本では、「有限性、フーコー、生政治」「技術と笑い」「リスクと贈与とよわい欲望」などの小見出しが目が飛び込んだ。

そして本文を読み進める中で、随所にちりばめられた著者の真摯なメッセージがびしびし心に響いてくる。
大震災、原発事故が露呈させた日本社会の危うさ、「リスク社会」に突入した今、われわれに新たに求められる「生き方」と「価値観」を多角的に示唆した力作である。

「することができる」から「することも、しないこともできる」という有限性の時代における選択の自由の意味についての著者の考察に、深く共感すると共に、最後の頁に綴られた『「できない」ことを前に、イエスということ。それを受け入れ、肯定すること』という言葉が胸に刺さった。
今年は、この「イエス」ということを自問し、考え続ける1年となる予感がする。

*遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
今年も本欄でみなさまとつながることができる幸せに感謝するとともに、おひとりひとりとご家族のご健康とご多幸を謹んでお祈り申しあげます。

玉越直人


未知の未来
2014年12月26日
未知の未来毎年、カレンダーの最後の頁を開くとき、今年こそ迷走してきたわが1年を振り返りながら、ゆっくり自省の時間をなどと考えるのだが、結局毎年果たせない。
追われるように師走は過ぎ、1年が終わる。

そんななか、久々に集まった学生時代の仲間たちとの忘年会で、『21世紀の資本』(みすず書房刊)を読んだと話していた昔の悪友が、「ところで、タマコシのところで今一番売れてる本ってなんだ?」と言われ、たまたまカバンにあった『3年の星占い 2015―2017』を見せた。
オジサンにはまったく似つかわしくない本なのだが、「ふーん。でもこの2015−2017って、オレのサラリーマン人生最後の3年じゃないか」と神妙な面持ちでポツリ。
これから3年、あと3年で65歳・・・。
定年のない身には、「あと3年」のリアルは薄いが、暮れに62歳になった私にも、これから3年、わが身に何が起きるのかは大問題だ。来年、再来年・・・。

今年11月中旬に12冊同時刊行した、12の星座ごとに3年間の運勢を記した『3年の星占い 2015−2017』シリーズ(石井ゆかり著)は、2010年に初版を刊行し、累計120万部に達した『石井ゆかり 12星座』シリーズ(石井ゆかり著)の続編である。

私の星座は「山羊座」だが、その帯コピーは「明日へ進むための、燃料のような本」。
「はじめに」には、
『私たちは、未来を「怖い」と感じることがあります。「運命は私に、何をしてくるのだろう」と考えたとき、私たちは未知の未来に怯えます。
でも、一転して「私は明日、何をしよう」と考えることは、ちっとも怖いことではありません。そして、それは確実に、私たちの未来を創り出すひとつの力です』
と綴られている。
まさに、私のなかにある「未来への怖れ」を見抜いたうえで、「未来を創り出そう」と励まされているようで驚く。

さらに本文には、「山羊座の人の、これからの3年間の全体のイメージ」として、『「命じる者」になるための道』と書かれている。
これから3年間、私は「人や、会社や、社会のために、自分で自分に命令を下しながら動くことになる」と記されていて、あと3年で社長業30年目を迎える私の心の奥底に響き渡る。
この石井ゆかり氏の言葉に勇気をいただき、「未知の未来」を怖れず「明日、何をするか」を考え続けようと思った、私には今年一番鋭くて温かい本である。

さて私事はさておき、発売わずか1か月で累計30万部を突破し、好評を得ている本シリーズが、みなさまの「未知の未来」を明るく照らし導くことを祈りながら、今年最後の「社長夜話」の筆を置きます。
1年間、どうもありがとうございました。よいお年を!

玉越直人
「何が特定秘密なのか」が「秘密」とされている、とんでもない法律の施行
2014年12月10日
12月10日、ついに特定秘密保護法が施行された。
あれほど問題視され、非難と反対の声が湧きあがった法律も、成立から1年経ったいま、「デフレ脱却」の叫び声に押され、「秘密法廃止」の声がかすんでしまう悲しい状況だ。
それとは裏腹に、法成立後7か月後、集団的自衛権の行使容認を閣議決定した、マッチョな政府の今後にとって非常に強力な武器となるのがこの法律だ。
この法律の怖さは、戦時体制下、軍部が秘密裏に謀略を駆使した歴史を思い起こせば、簡単に想像がつく。まさに「不都合な真実」を覆い隠す鉄のベールがこの法律なのだから。

国家、政府が知られたくない秘密を暴こうとすれば、「懲役10年」という恐怖。
テレビ・新聞、雑誌、書籍などのメディア側はもとより、正義のために機密情報を提供しようとする公務員、一般市民などにも同様の重罪が待っているのだ。

さすがに、違法行為検挙を乱発するようなことはないと思いたいが、そもそも「何が特定秘密にあたるのか」「適正取材とは何か」が不明な以上、新聞記者でさえ取材が慎重になるだろうし、それ以前に情報提供者側が罪を怖れ、秘密情報そのものがとれなくなるおそれがある。
われわれ出版業界でも、社会派の著者が書籍原稿を執筆中「この記述は秘密保護法に抵触するのではないか」という不安を感じ、また担当編集者が危惧を覚えたら、その貴重な書籍は日の目をみなくなってしまう。

またさらに、この法律の特に危険な点は、「独立教唆」で、秘密情報の漏えいを依頼(教唆)したが、情報がとれなかった場合(漏えいの犯罪事実はない)でも、「独立教唆」として処罰されてしまう。
共謀や扇動も同様だが、刑法の大原則(犯罪行為がある場合にのみ処罰)を逸脱する悪法の極みであり、秘密警察が横行するような暗黒政治そのものの象徴だ。

だが、こうして怖れてばかりで自粛などしてしまったら、為政者の思うツボ。
法律が施行された今からでもできる対抗策は何かを、考えなくてはならない。
私は、「(国家のもつ)情報とは誰のものか」「平和な国を維持するための情報公開の重要性」を、「情報をつかみ出す側(メディア)」と「受け手側(一般市民)」とが連携して考え、この悪法の手足を縛る、新たな法律を作るしかないのではないかと考える。
そのためにも、今週末の「大義なき選挙」への怒りの力をもって、その一歩としたい。

玉越直人



市民派議員が日本を変える
2014年11月21日
先週金曜、11月14日(金)に、小社新刊『最新版 市民派議員になるための本』(上野千鶴子プロデュース、寺町みどり・寺町知正著)の刊行記念シンポジウム「あなたが動けば、社会が変わる 地方から、変える」を、お茶の水YWCA会館で行なった。
コーディネーターは上野先生、宇野重規東大教授、高橋茂「ザ選挙」編集長、山崎望駒澤大学准教授、共著者のメンバーでシンポは始まった。

たまたま取材で、その週のはじめ、知事選を週末に控えた沖縄に行っていたが、地元の方々が迫る知事選を前に、自らの支持者について熱く語る姿を見て、上野先生の著書『当事者主権』(中西正司、上野千鶴子著/岩波新書)を思いだした。
「お任せ民主主義」に浸る本土の人々、年末の大義なき衆院解散選挙、本土と沖縄の「当事者性の差」を痛感して帰京したが、この日の会場からは「お任せ、どころか、民主主義放棄ではないか」という声もあがった。
私は「思考停止」と思えるが……。

壇上のパネリストからの「市民は消費者になってはいけない」「自分たちの一番大切なことを、他人に任せてしまうなんてありえない」という発言がどしんと心に響く。
『最新版 市民派議員になるための本』は、当事者として行動するときの最強のツールであるとエールもいただいた。

翌々日、日曜夜の、沖縄県知事に当選された前那覇市長、翁長雄志氏の就任発言には、「自分たちの未来は、自分たちで決めるのだ」という強い信念と決意がにじみ出ていて感動した。

衆院選挙の12月14日は、忠臣蔵で有名な赤穂浪士四十七士の討ち入りの日である。
われわれが討ち入るべきは首相官邸か。
この年末選挙、来春の統一地方選挙でも、多数の「市民派議員」が誕生するよう、これからもどんどん本を出していきたい。

玉越直人
小学館児童出版文化賞
2014年11月7日
小学館児童出版文化賞小社からの最新刊『オレときいろ』の著者、ミロコマチコ氏が『ぼくのふとんはうみでできている』(あかね書房)で見事「第63回小学館児童出版文化賞」を受賞され、私は如水会館で行われた授賞式に参加させていただいた。

『オオカミがとぶひ』(イースト・プレス)で「2013年日本絵本賞大賞」受賞、『てつぞうばね』(ブロンズ新社)で「2014年講談社出版文化賞絵本賞」受賞に続くトリプル受賞は、今や児童書分野でのビッグ・ニュースといえよう。
また、もうひとつの受賞作、朽木祥氏の『光のうつしえ 廣島 ヒロシマ 広島』(講談社)は、児童文学作家、文芸評論家として多大な業績を残した福田清人氏を顕彰する「2014年福田清人賞」も同時に受賞されている秀作である。

盛大な受賞式典は、小学館の相賀昌宏社長の挨拶で始まり、続いて登壇された審査委員の絵本作家、荒井良二氏の選評スピーチが素晴らしく、強く心に響いた。
アメリカの著名児童文学作家で編集者でもあったマーガレット・ワイズ・ブラウンの「子どもの本を書く人は、人間に向かって書かなければならない」という言葉も引用され、児童書の世界の神髄を語るなかで、両受賞者の作品の素晴らしさを称えた。

ど田舎に住んでいるので、こういう都会の晴れの場は苦手だという、シックなスーツ姿の朽木氏が書かれた、会場で配布された冊子のなかの「受賞のことば」が、私の心に刺さったので、ここに抜き書きさせていただく。
「逆説的だが、ヒロシマという巨大な事件を描き出すためには、まず小さな物語を丁寧に書いていくことから始めるしかないのかもしれない。声高にではなく静かな声で。そしてとりわけ子どもたちに向かっては、心情を育む物語を語るしかないのかもしれない。遠い日の他者の痛みに心を寄せることができるように」

真っ赤なワンピース姿のミロコ氏の「受賞のことば」もとても素敵だった。
「夢はいつもどこかで体験したことや感じたことに大きく影響されていると思う。そして夢で見たことが現実の世界と繋がって、また現実で起きたことが、夢と繋がって、永遠にゆるゆると続いていく。そんな夢の世界の面白さや現実との関係を描きたくて生まれたのが『ぼくのふとんは、うみでできている』でした」

両受賞者の優しくユーモラスなお人柄が影響して会場の雰囲気が非常に温かくて心地よく、来場者はほとんど最後まで会場を離れない。
朽木氏の「児童文学の素晴らしさは、希望、幸福などをまっすぐに語れること」という受賞スピーチの言葉に、児童書ジャンルを切り開きつつある私は胸が熱くなった。

帰宅して再読したお二人の受賞作に改めて感服した、とても嬉しい晩であった。

玉越直人
アゴラ
2014年10月20日
久々に、大ファンである松元ヒロさんのソロライブ「ひとり立ち」を新宿紀伊圀屋ホールで観た。
会場は満席、明らかに同世代か、少し年上の方々が多かったが、意外に若い世代、女性の姿も見え、年齢を越えて変わらぬヒロさん人気が嬉しかった。

ヒロさんスタイルで、2時間もの間ずっと、片ときも私たちの視界から消えることはなく、途中、ステージ脇に置かれたイスに座り、水分補給と汗をぬぐう姿もライブのうち。
次々と飛び出すさまざまな社会ネタの裏表を見事に料理し、私たちを笑わせ、怒らせ、うなずかせ、やがてホールの人々の気持ちがひとつになっていく。

私もテレビで見て喝采をあげたが、今年8月9日の被爆記念日に行われた長崎の平和記念式典で、被爆者代表の城台美弥子さんが、臨席する首相を前に「集団的自衛権の行使容認は憲法を踏みにじる暴挙である」と堂々とスピーチをされ、テレビカメラがしぶい顔をする安部首相をとらえたネタは、ヒロさんの話術が巧みで、本当に痛快だった。

また、『1969 新宿西口地下広場』(大木晴子・鈴木一誌著・新宿書房)という、ドキュメンタリー映画DVD「‘69春〜秋 地下広場」付きで当時を再現する貴重な書籍の話は、当時を生で知る人も多い会場を大いに沸かせた。
新宿副都心の高層ビル群など何もない69年当時、新宿駅西口の地下広場を埋め尽くしたヘルメットとゲバ棒姿でスクラムを組む、「戦争反対非暴力闘争」を叫ぶ大学生たち、そして「夜明けは近い・・・」と声を合わせるフォークゲリラの歌声。完全武装でジェラルミンの盾を掲げながら、催涙弾を放つ機動隊。権力をかざし、鎮圧を狙う警視庁は、ついに道路交通法違反での取締りという奇策に出る。
「ここは広場ではなく、通路である。立ち止まるな」と学生たちを広場から排除、従わない者を逮捕するシーンを熱演するヒロさんに、場内は緊張感と怒りにあふれた。

1969年当時、私はまだ高校2年生だったが、各大学に吹き荒れた全共闘の余波が、わが高校にも及んだため、新宿へも足が向き、地下広場の闘争を興奮して見た。
あれから45年経ち、いま再び「非戦」のために、われわれ市民が立ち上がるべきときが来たと私は思う。こんな「広場(アゴラ=古代ギリシアの市民総会が開かれた広場のことを指すギリシア語)」に市民・学生が「蝟集(いしゅう)」する姿を想像しながら。

玉越直人
キャンピングカー
2014年10月3日
キャンピングカー年初の本稿で、私がキャンピングカーに愛犬を乗せて旅をしているという「初夢」を書いたが、さすがにそれは実現していないものの、キャンピングカーを巡る2冊の本をこの度めでたく上梓することができた。
『愛犬との旅』(山口理著)と『人生が変わるキャンピングカー生活大全』(大岡豪著)である。

『愛犬との旅』は、「中年男」「愛犬」「キャンピングカーでの旅」「自分を探す」「自国の本当の姿を知る」などの要素がぎっしり詰まった、巨匠ジョン・スタインベックの名著『チャーリーとの旅』の日本版といえる。

この企画は、児童作家である著者、山口理氏と語り合うなかで、山口氏がキャンピングカーで日本を巡る旅を長く続けていることを知り、羨ましくてたまらないと思ったことが発端だった。
そして、山口氏自身未経験の1か月間・キャンピングカー日本一周の旅をしていただき、それを本にしようと発作的に提案。これまた発作的にご快諾いただき、心配だった奥さまのOKも出てからは、二人で飲んでは夢見がちな話をしているうちに、出発の3月29日がやってきた。
多分、出発当日は私のほうがはるかに緊張していたと思うが、当のご本人は飄々としていて、さすが、若い時から「自転車で日本中を回ったり」して鍛え抜かれた「自由旅の達人」の雄姿を見た。
愛車は「こゆたま号」、愛犬は雌の柴犬「こゆき」。
はたして、この旅路に何が待っているのか?そもそも無事帰還できるのか?こゆきは大丈夫なのか?……。
まあ、この答えは本書でお知り願いたい。

そして『人生が変わるキャンピングカー生活大全』
この著者は、冒頭でふれた本欄の「初夢話」をたまたま読んでくださった、2年間キャンピングカーで暮らしている男性。
ちょうどその時、自身の体験から習得したキャンピングカーで暮らすためのノウハウ・情報・哲学を網羅した本を出そうと書き溜めたものがほぼ完成した矢先で、この本は、この社長の会社で出版したいと思ってくださったという。何という嬉しいご縁だろう。

名著『焚き火大全』(吉長成恭・関根秀樹・中川重年編、創森社刊)の大ファンである私は、原稿を拝読してすぐに『渡り鳥大全』というタイトルが浮かんだが、動物本コーナーに置かれてしまいそうで断念。

出版を前に、『愛犬との旅』の山口理氏と、『人生が変わるキャンピングカー生活大全』の大岡豪氏のご対面もかない、キャンピングカーの旅を肴に飲み交わした晩は、編集者冥利に尽きる最高の宴だった。その晩も、電車で帰る我々を見送り、大岡氏は近所のパーキングに駐車している「家」(欧米ではキャンピングカーを「モーターホーム」という)に平然と帰っていった。

これらの本は単なるキャンピングカーの実用書ではなく、「定住を前提に生きている日本人に、まったく新しい生き方を提唱するものであり、極めて哲学的なもの」である。
このように稀有な本を2冊同時発売できるWAVE出版は本当にすごい!と自画自賛したが、「人生とは旅である」ことを肝に銘じ、こんな本を次々と世に送り出していこうと萌えた秋の始まりであった。


玉越直人
「“捨てられた犬や猫の殺処分をゼロにする”全国書店キャンペーン」9月20日よりスタート!
2014年9月9日
「“捨てられた犬や猫の殺処分をゼロにする”全国書店キャンペーン」9月20日よりスタート!前回の本欄でふれましたが、小社は、「命の大切さを訴える」ダブル・ゼロ・キャンペーンとして、「“子どものいじめ自殺をゼロにする”全国書店キャンペーン」を8月25日より先行スタート。第2弾として、「“捨てられた犬や猫の殺処分をゼロにする”全国書店キャンペーン」を、動物愛護週間が始まる、来る9月20日からスタートします。
そこでここに、私からの「呼びかけ文」の内容を以下に掲載させていただきます。

日本では、人間の身勝手な都合で捨てられた、何の罪もない犬と猫たちが「殺処分」という行政制度の下、全国各地の動物愛護センターのガス室の中で、年間16万頭以上も人知れず殺され、なんとゴミとして廃棄されています。
これは、決して制度そのものが悪いわけではなく、犬や猫を捨てる人間がいることから生まれる惨事です。
「捨てないで! 殺さないで!」
その殺処分現場を何度も取材しましたが、最期を察知した犬猫たちは、檻の中で声なき声を上げながら、私をじっと見つめ、訴えかけてきます。

犬には犬の「生きる権利」があり、猫には猫の「生きる権利」があります。
その権利を奪う「殺処分」は、人間が生来もつ「生きとし生けるものの命を尊び救い守る」という博愛の精神を自棄する、戦争に並ぶ愚挙であり、「動物を救うことは、人間存在に欠かせない精神を救うことにつながる」と私は考えます。

小社は、2000年に『捨て犬を救う街』(渡辺眞子著)を刊行して以来、この犬猫の殺処分問題解決につながる書籍を多数出版し続けてきました。
ただ、無念なことに、この悲劇はいまだ日本中で続いています。
そこで今、殺処分をゼロにするための新たな決意として、本キャンペーンを全国一斉に実施させていただくことにしました。
具体的には、地域に密着する文化的・社会的情報発信基地である書店さんにご賛同をいただき、「キャンペーン・ポスター」「アピールパネル」などを通年掲示、小社の新刊『いのちの花』(向井愛実著)を中心に殺処分問題関連書5点を店頭配備し、読者の方々に、この問題解決をアピールしていきます。
そして、売上の一部は殺処分問題解決に尽くす団体などに寄付、メディアとも連携して、大きな社会運動につなげていきたいと考えております。

幸いなことに、この問題に心を痛めておられる、荒川静香さま(フィギュアスケート金メダリスト)、湯川れい子さま(作詞家)、杉本彩さま(女優)など、多くの著名人の方々にも本キャンペーンにご賛同・ご支援をいただいています。
微力ですが、犬や猫の小さな命を救うため、さらなる出版活動に邁進していきたいと思います。本キャンペーンへの温かいご支援を心よりお願い申しあげます。 

以上です。
ダブル・ゼロ・キャンペーンについては、今後メディアの報道などで目にふれる機会もあると思いますが、活動状況を小社HPなどで随時みなさまにお伝えしていきます。よろしくお願いいたします。


玉越直人
「子どものいじめ自殺ゼロ・全国書店キャンペーン」スタート!
2014年8月25日
「子どものいじめ自殺ゼロ・全国書店キャンペーン」スタート!小社が「命の大切さ」を訴えるために、8月25日からスタートする「“子どものいじめ自殺をゼロにする”全国書店キャンペーン」の「呼びかけ文」をここに転載させていただきます。

日本では、多くの子どもたち(小中高生)が、いじめを苦にして今日もどこかで自らの命を絶っており、悲しいことにその数は年々増しています。
「だれか、このいじめをとめて!」「生きたい、でも死ぬしかない」
私は、いじめ自殺報道を目にするたび、天国に向かう子どもたちが、大人に向けて発する悲痛な叫びが聞こえる気がしてなりません。
夢と希望に満ちて大好きな学校に通っていた、何の罪もない子どもたちが、ある日突然、いじめにあい、心の傷を深め、やがて生きる力を奪われ、「お父さん、お母さん、ごめんなさい」という言葉を遺して、独り自死するのです。

私は、「いじめ自殺」は、われわれ大人が作り出した「一人一人の異なる存在を大切にしない、人に優しい心を失った」現代社会の闇が、子どもの心を深くむしばみ、いじめで人を傷つけることでしか自分の存在が保てない、不幸な子を生んだ結果の悲劇だと思います。
いじめは、子どもたちだけの問題ではなく、実はすべての大人の問題だったのです。
大人たちが、いじめをしてしまう子の心の闇に寄り添い、解決策を見つけてあげることで、この悲劇の連鎖はストップできるのです。
いじめる子がいなければ、いじめられて死ぬ子は存在しません。

WAVE出版は、2002年に、ひとり娘をいじめ自殺で亡くした遺族の手記『優しい心が一番大切だよ』を刊行して以来、いじめ撲滅に向けた書籍を多数出版し続けてきましたが、無念にも事態は悪化するばかりです。
そこで今、この悲劇の源を断つべく、新たな決意として「“子どものいじめ自殺をゼロにする”全国書店キャンペーン」を本年8月25日から全国一斉に実施させていただくことにいたしました。
具体的には、地域に密着する文化的・社会的情報発信基地である書店さまにご賛同をいただき、「キャンペーン・ポスター」「アピールパネル」などを通年掲示、小社の新刊『遺書 わたしが15歳でいじめ自殺をした理由』を中心にいじめ問題関連書5点を店頭配備し、読者に、この問題解決をアピールしていきます。
そして、売上の一部はいじめ問題解決に尽くす団体などに寄付、メディアとも連携して、1日も早く「いじめ自殺ゼロ」が実現するよう、裾野の広い、末永い社会運動につなげていければと願っています。

幸いなことに、この問題に心を痛めておられる、瀬戸内寂聴さま(尼僧・作家)、香山リカさま(精神科医)、高橋みなみさま(AKB48)、尾木直樹さま(教育評論家)、堀田力さま(公益財団法人さわやか福祉財団会長)など、多数の著名人の方々にも本キャンペーンにご賛同・ご支援をいただくことになりました。
微力ですが、かけがえのない命、子どもたちのいじめ自殺ゼロが実現する日まで、草の根の出版活動に邁進していきたいと思います。
どうか、本キャンペーンを温かくご支援いただきたく、心よりお願い申しあげます。 

以上です。
小社は、「命の大切さを訴える」キャンペーン第2弾として、「“捨てられた犬や猫の殺処分をゼロにする”全国書店キャンペーン」を、動物愛護週間が始まる本年9月20日から同様にスタートします。追って本稿で触れさせていただきます。


玉越直人
非戦の誓い
2014年8月15日
敗戦後69年を経た8月15日の朝、社の近くにある靖国神社周辺は、例年とはまた違う異様な空気に満ちていた。
右翼の街宣車だけでなく、出入りする車も人も、日の丸の旗も倍増しているかのように思えたが、安倍首相が強行する「集団的自衛権・解釈改憲」が大きく影響しているのは間違いないだろう。

そんなキナ臭い風潮の中、先月、『平和のバトンをつないで〜広島と長崎の二重被爆者・山口彊さんからの伝言』という、広島と長崎で二重被爆された故山口彊(つとむ)さんの生涯を描いた初の児童書を出版した。「核は人間の世界にあってはならないもの」と強く訴えていた山口さんのメッセージに、ノンフィクション作家の池田まき子さんが応えた力作だ。
「子どもたちに平和のバトンをつないでほしい」という著者の意気込みが、大人から子どもまでをつなぐ素晴らしいバトンとなる本を生んだ。

先日、この本の出版に関心をもったという新聞社社会部の記者の方より取材を受け、
「この本は敗戦後70年に向けた1冊であり、子どもだけでなく、大人にも読んでほしい」と思わず熱弁をふるってしまった。
と同時に、9・11テロへのアメリカの「反テロ戦争」の現場を行く旅を綴りながら、反戦を世界中に訴えた『反戦の手紙』(ティツィアーノ・テルツァーニ著/飯田亮介訳)、被爆地広島への鎮魂と文化復興を祈り、世界的名画を蒐集し美術館をつくった銀行員の物語『瓦礫の果てに紅い花〜ヒロシマに美術館をプレゼントした男の物語』(長谷川智恵子著)、ルワンダ大虐殺の隠された真実を暴いた『ジェノサイドの丘〜ルワンダ虐殺の隠された真実』(フィリップ・ゴーレイヴィッチ著/柳下毅一郎訳)、「ミライ事件」以前に起こっていたベトナム戦時下の住民虐殺事件をスクープした『タイガーフォース〜人間と戦争の記録』(マイケル・サラ&ミッチ・ウェイス著/伊藤延司訳)、チェチェンの女性自爆テロリストの悲しい真実をルポした『アッラーの花嫁たち〜なぜ「彼女」たちは“生きた爆弾”になったのか?』(ユリヤ・ユージック著/山咲華訳)、日清戦争から太平洋戦争までの戦時中の新聞広告を通じて当時の社会・風俗を分析した『戦時広告図鑑〜慰問袋の中身はナニ?』(町田忍著)など、戦争や内戦、原爆などの問題についての本を出版した日々を懐かしく思い出していた。

そして今日、靖国に集う人々の姿を見ているうちに、少女時代に沖縄戦に動員され、戦争の真実を見てしまった『引きうける生き方〜誰かのために手を差しのべるということ』著者の安田未知子先生が言われた「今の空気は、戦前の空気ととても似ている気がする」という言葉が頭に浮かんだ。

私は戦争を知らない世代だが、さまざまな方の貴重な証言と記録を辿りながら、「非戦」を貫く書籍を、来年の今日に向けて生み出していく覚悟である。


玉越直人
ホタル
2014年8月5日
先月下旬、福島県の裏磐梯でホタルの乱舞を見た。
50種類ほどいるというホタルのなかで一番人気はゲンジボタルだそうだが、その日はたくさんのヘイケボタルの幻想的な光の世界にすっかり引き込まれ、なかなかその場を離れられなかった。
ヘイケボタルは、体長15ミリほどあるゲンジボタルの半分くらいの大きさの「小柄さん」。実は私の好みだ。
ゲンジは大きいせいか、舞うというより、どんと佇んでいる感じで、光も強い。
小柄なヘイケの光はか細いが、その分、空高く舞い踊る。

昔、サラリーマン編集者時代の初夏、著者の先生を目白の椿山荘にお連れし、「ほたるの夕べ」を鑑賞したが、その前に日本酒ですっかりできあがってしまい、あまり印象は強くない。
まあ、そんな話は別にして、3・11以降毎年訪問している会津磐梯山の裏側に位置する宿は、まさに「星の宿」であり、視力が2倍になったような、信じられない数の星座群を肉眼で見て感嘆したことしきり。
この宿のご主人がまた、あらゆる植物、樹木、生き物に精通しており、私はひそかに「ネイチャー博士」と呼んでいる。
いつも夕食前には、「ここが無料の食材スーパー」とおどけながら、森の小道に連れていってくれ、「これが***、あれが***。今食べると最高!」などと野草や果実を教えてくれる名料理人でもある。
そして夜には星座教室、続いてホタル観賞の穴場へ。

そもそも、オスのホタルは成虫として生きていられる1週間ほどの間に、ひたすらメスの歓心を買うために、すべてのエネルギーを使って光を発する。
一方、メスはといえば、小さな光を放ってはいるが、草木の陰でじっとオスの輝きと飛翔ぶりを見ているのだとご主人にうかがった。
交尾後、オスは死に絶えるのだが、メスは子孫のために、必死で最期まで生き抜く。

そんなホタルのけなげな姿を観ていると、いつも思い出すのが、野坂昭如の『火垂るの墓』(新潮文庫)だ。
戦時下、親を亡くした14歳の少年が、4歳の妹を背負いながら、焼け跡をさまよい歩くが、妹はついに力尽き餓死し、自分も辿り着いた駅のなかで息絶える。駅員が少年の唯一の所持品、錆びたドロップカンを草むらに投げ捨てるが、その中から小さな小さな妹の骨片が飛び散り、その周りをホタルが飛び交う……。
読むたびに涙が止まらない野坂の最高傑作だと私は思うが、野坂自身、二人の妹を戦中に亡くしている。その病弱の妹を喜ばせようと、蚊帳(かや)の中に捕らえたホタルを放したというエピソードに、私は号泣したものだ。

ホタルが光るのは、オスとメスが愛をささやき合う「信号」だという。
しかし、私には、小さくか細い生き物の「命の光」と映る。
その命に会いに、来年の夏もまた裏磐梯を訪ねたい。


玉越直人
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